本の話1~6

以前、ばらばらに書いていたものをまとめたものです。内容は変わっていません。どうにも稚拙なので、そのうちきちんと更新する予定です。

「美濃牛」「ハサミ男」 殊能将之作

講談社 講談社ノベルズ ISBN-4-06-182088-5,ISBN-4-06-182123-7

新しい方から読んでみた。捉えどころのなさが魅力かな。「ハサミ」の方がかちっとコンパクト。洞ものは好きなんだ。横溝正史とかも洞がでてこないと物足りないぞと思ってしまう性質で。「たーけ」はいいなぁ。いいぞぅ。俳句もいいなぁ。黛まどか(の)は私も好きです。新聞のサンティアゴ巡礼の連載も実は読んでたりして。この人はそのうち日本語がどーたらとか言わないような気もするし。徹してるからな。

「慟哭」 貫井徳郎作

東京創元社 ISBN-4-488-42501-1

ちょっと前に読んだのけど切味鋭いです。男版高村薫か。これだけ書けるなら変にひねらなくてもいい。完全に制御された文体が逆に圧倒的な情動を産みだしている気がします。重くて押しつぶされそうだ。

「あした蜉蝣の旅」 志水辰夫作

新潮社 新潮文庫 ISBN-4-10-134513-9

浪花節だあ。2部に分れてるのが絶妙ですね。書けば書くほど巧くなるなぁ。ストーリーテラーとしても一流だけど中高年のおっさんがいいよなぁ。こんなに潔くは生きられないけどなあ。

「木製の王子」 麻耶雄嵩作

講談社 講談社ノベルズ ISBN-4-06-182141-5

時系列では一番新しいのかな。「鴉」を含めて最終的にはすべての話(謎)というか伏線にちゃんとけりをつけてくれるんですよね。とても好みなので期待は膨れ上がります。事件が本筋なのか探偵物語なのか、はたまたUとTの物語なのか。錯綜。

「魔剣天翔」 森 博嗣 著

講談社 講談社ノベルズ ISBN4-06-182145-8

第2期シリーズの5作目だけどちょっと散慢。キャラクタが多すぎるからかな。主人公の一人、保呂草さんの位置付が浮き上がってるというか、謎解きなのかハードボイルドなのか。サイドストーリィとしては祖父江さんと練無くんで十分だけどな。最終的に落ちがあればいいけれど期待も大きいよ。

「あだし野」 立原正秋著

ISBNのない時代じゃぁ

最初に読んだのは17歳の時です。おぉ、なつかし。修学旅行に行く新幹線のなかで読んでました。しょうもないガキだったのでこの手のものが好きだったんですね。化野にいったのは更に数年後ですが、今年の冬はまた行ってみようかなどと考えてます。冬陽に照らされた石仏群はあまりにも淋しすぎるけどな。しかしここ10年程で京都は随分変わった気がします。まぁ全国的にそうなんだけれど。

「グッドラック」 神林長平著

ISBN4-15-208223-2

「戦闘妖精 雪風」の続編。というか完結編?。読んだのは1年以上前だけど最近読み返す機会があってまたはまった。光瀬 龍の絶望的な明晰さも好きだけどこの人もはずせない。無機と有機の確執なのか恋愛なのか表現はどうでもいいけれど越えたところにあるものを希求してやまない力をここまで書ける人はいないな。G.ベンフォードの十数冊に及ぶナイジェルシリーズも飽く無き探求の物語だけれど帰っていくところはやっぱりキリスト教的世界観だから。ジャムとマンティスは似ているけれど神林はジャムを全く説明しない。

「建築知識9月号」

雑誌03429-09

商売柄、建築雑誌は買わないんだけど(どういうこっちゃ?)付録に品確法[省令・告示]ハンドブックというのがついていたので買ってみた。正確には「住宅の品質確保の促進等に関する法律」というそうだ。端的にいえば住宅系の建築物をランク付けして自分の目でものを見たり頭で考えたりしたくない、またはできない人のために代わりに法律でランク付けをしてあげましょうということなんだけど、手続きを複雑化して町場の工務店や大工さんから住宅メーカやマンションデベロッパへ仕事をシフトしようという狙いもありそう。結構大甘な規格なのでレベルの低い工事でも手続きさえきちんとされていればいいランクが付いたりして。もう本当にこの手の事に関してはどうでもいいよ。好きにやれば。

今日はお彼岸なんだぁ。

「ターン」 北村薫著

新潮社 新潮文庫 ISBN4-10-406602-8

主人公が女性ばかりな上、やたら巧いので覆面のころは女性だと思われていたそうですが私は絶対男だと思いましたね。だってこんな女の人って今いないよ、ね。これはミステリというよりはSFなんだけど全然SFじゃないんだな。??全然説明になってないな。こんな夏なら捉ってしまっても本望か。「スキップ」は今読みかけです。

「東京珍景録」 林望著

新潮社 新潮文庫 ISBN4-10-142823-9

本屋でパラパラと捲っていたら見覚えのある給水塔がでてきて思わず買ったという始末。どれかというと小金井の旧陸軍のもの。子供のころ婆さんに連れられてまったく同じアングルから何度も見た記憶があります。はっきりいって怖かったんですね。いつも黒い光の灯ることのない穴のような窓が。今でもあるのかしら、仕事で小金井に通ってた頃捜したんだけど結局辿りつけなかった。

「朱色の研究」 有栖川有栖著

ISBN4-04-191304-7

関西ローカルなところがとても好感がもてます。行ってみたくなりますね。中身の方も期待を裏切らない出来です。火村シリーズは江神シリーズに比べ現実的?なんだろうけど、これはちょっと毛色が違ってなかなか読ませますね。どこがとは言わないけど久しぶりにそんな印象を受けたのでした。

「ラグナロク洞」 霧舎巧著

講談社 講談社ノベルズ ISBN4-06-182146-6

ドッペルゲンガー宮、カレイドスコープ島につづく3作目。すっ呆けたお気楽さというか不真面目さみたいなとこ(ゲーム?)が評価の分れ目かもしれないけれど、私は変に深刻ぶるよりいいかなと思ってます。パロディなのかな。謎は謎なりに明快に解決されるのでスッキリはするんですが、青春物語的に引張られてしまうのかな。

「きみ去りしのち」 志水辰夫著

ISBN4-334-72924-X

小中高大学生が主人公の四篇。相変らず巧いですね。個人的には小学生の一篇が好みです。展開が全然予想もつかなくてあれよあれよという間に“わかってしまう”に至るくだりはすばらしい。たち込めていた霧がスーッと晴れていくような奇妙な新鮮さというか懐かしさでいっぱいです。

「いざ言問はむ都鳥」 澤木喬著

東京創元社 ISBN4-488-41901-1

本を読む幸せとは正にこのような本に出会ったときのためにあるんでしょうか。かなり特殊な世界なのでとっかかりにくい部分はありますが、細やかなディテールから練り上げられた事象がすべて植物に還元されていく様は秀逸です。「Rule of Green」という題の下、春夏秋冬の四篇連作で構成されてますが1年が過ぎたとき想い返すラストもいいですね。早く次がでないかと心待ちにしてます。長編も。

「平成お徒歩日記」 宮部みゆき著

新潮社 新潮文庫 ISBN4-10-136921-6

ちょっと気負い過ぎかな、小説はとても軽妙なのにね。時代小説とかも書いてるからそっち方面の知識も相当なのかと思ってたけどやっぱり年相応?わざと謙遜してるのかも。お江戸の街中から果ては八丈やら伊勢までと徒歩じゃないじゃんって気もするけど千住の話が良かったです。行ってみようかな。イメ-ジとしてはサラサラと自動書記のように書ける才女みたいな感があったのですが、苦闘してる?のを読むとなんだかちょっとほっとします。

「女には向かない職業 1&2」 いしいひさいち著

東京創元社 ISBN4-488-02352-5 ISBN4-488-02365-7

題名と中身はどう関係するのか?(P.D.ジェイムズ)? な部分はあるけれど4コママンガです。個人的にはののちゃん系の菊池食堂の菊池君のキャラクタが好きなんだけど。ちょっと前にTVでアニメ映画もやっていて偶然見たけど紙芝居みたいだったな。これは作家に転身後の藤原センセが主人公だけれど酒の飲みっぷりがなかなか見事です。少しシニカルだけど暖かい視線を失わないところがいいですね。

「庚申信仰」 平野実著

ISBN無し

今だに十二支が言えない私にとってはやっぱりわかったようなわからないような。じいさんが講に出かけるのに付いて行きたかったのに周りの大人は誰もきちんとわかるように説明してくれなくて非常に憤慨した憶えがあります。場所や時代によってかなりいい加減にいろいろあったようですが、じいさんは夕方出掛けて夜のうちには帰ってきてた様な気がします。すっかり形骸化してたんでしょう。期待してたのはもっと隠微なおどろおどろしさだったせいか、読んでる限りは結構あっけからん。

「蔵」 高井潔著

ISBN4-473-01420-7

日本全国に現存する蔵の記録。かなり豪勢な造りのものばかりだけど。子供の頃どこだか憶えていないけどおもちゃを貰うため蔵の土間で待っていた記憶がある。見慣れない天井高と壁の量感に圧倒された。湿っぽくて黴臭い空気に格子から差し込む光に埃がもうもうと舞っていた。樽とか甕とか行李とか鉢とか不思議な形状に溢れていたな。こうした建造物はもはや逆立ちしたって現在の技術ではつくれない、壊れたら直せないのよね。

「百姓の江戸時代」 田中圭一著

ISBN4-480-05870-2

最近になってようやく江戸時代が実は私たちが学校で教え込まれたような暗黒時代ではなかったことが一部で認められるようになってきたようです。やっぱり歴史は勝者が造るものだからね。これを読む限りにおいては私の頭の中にできあがっていた当時のイメ-ジとは裏腹に「おいおい」という驚きの連続です。多分まだまだ書いたり出版出来ないようなこともあるんでしょうが、時間が解決してくれるんでしょう、きっと。

「今夜はパラシュ-ト博物館へ」 森博嗣著

講談社 講談社ノベルズ 2003年第1版 ISBN4-06-182166-0

はぁ、また買ってしまった。短編ですがやはり「ぶるぶる人形にうってつけの夜」でしょう。萌絵ちゃん出ずっぱりだし。一般的にプロの目から見てこの手の小説にでてくる建物の図面には心底がっくりくることが多いのですがこれは結構よくできてます。(理系だしな、適当な図面ならたくさん転がってるだろ)最後の図を見たら答えはわかっちゃうけどね。少し文体を変えているような気がするけれどスパッスパッと割り切ったような音の感覚は短編には合うかもしれない。

「夫婦茶碗」 町田康著

新潮社 新潮文庫 ISBN4-10-131931-6

夫婦茶碗なるものができたのは明治以降だそうで、江戸時代は夫婦は勿論、子供も同じ大きさの茶碗で飯を食っていたそうです。茶碗にしても箸にしても、ちょっと小振りな女子供用という概念が導入されたのは実は明治時代であったというのは、今なら“さもありなん”なんでしょうが受けた教育は随分違った気がするのでした。という話はどうでもよくて、とうとう町田康も賞作家になってしまいましたね。前から取りそうな気はしていたけれど、思ったよりは早かったかな。読む側としては、なかなか文庫にならなくなるのは辛いけど、とても面白いので気長に待ちますよ。地なのかもしれないけれど、表面的な(無茶苦茶な)言葉を突き抜けた明るさみたいなものが、実に気持ち良い。ある日突然「もう、やめやめ」とか言ってぶん投げたりしないでくださいな。

「怪盗紳士リュパン」 モーリス・ルブラン著 石川湧訳

東京創元社 創元推理文庫 ISBNはないわ。

創元社の文庫ですが、なんとびっくり1973年発行の19版だよ。定価160円だし。原著は1907年だからもう100年近く昔になるのねと感慨。この辺のシリーズ、他に井上さん(フランス文学者でしたね)て方も翻訳されてますが、結構訳語の感覚が戦後間もなくって感じで面白いというか滑稽で楽しめます。「ちんば」とか「あまっちょ」とか今でも同じなのかな。内容は短編だし既にお馴染みの内容ばかりで、読んでるうちに「あぁ、あれか」と絵本(つ-か子供用のシリ-ズの)の挿し絵の情景が目に浮かびます。この頃(1973ね)、この辺の大人向けの文庫本を集中的に読んでいて、う~む、少年少女向けとは動機が違うぞとか人物像が少し違うぞとか楽しんでいた記憶があります。最近、当時手に入れた年代物のシリ-ズをあちらこちら読み直していたら、なんだか100年前の微妙に新鮮な立ち居振る舞いや美しいフランスの田舎の情景描写に憧れてしまいます。

「エドガー@サイプラス」 アストロ・テラー著 前山佳朱彦訳

ISBN4-16-317480-X

買ったのはもう2年ほど前になりますが、今でもそれほど違和感はないですか。文中の日付を既に越えているけどね。小説の内容的な新味はないといっていいし、結末も想像通りってとこです。泣けますけどね。書簡集だと思えばその通りだけど、ある程度のネットワ-クとUNIXの知識があると少し感慨が深まるかも。いかにも端折った電子メ-ル風のやりとりが延々と続くわけで、今風に言うならば自己学習型検索ロボットの突然変異種が主人公なのかな。端末からネットワ-ク上のコンピュ-タを操作していると、そのうち自分がどのマシンを操作しているのかわからなくなってくることがないですか。でも端末からのコマンドに答えが返ってくれば、本質的にどのマシンを操作してるのか知る必要はないんですよ。応答するサ-バプログラムがどっかにあればいいだけです。複雑にマウントして、端っこの端末からログインすると「結局お前の実態はどこにあるのよ」とか「どのへんに股がってるのよ」とか、一瞬問いたくなりますね。あぁ、頭腐りそ。ちなみに原題は違うんですが「エドガー@サイプラス」の方が良いですね。「edgar@cyprus.stanford.edu」ならもっと格好良かったのに。

番外 講談社ノベルズ

講談社

この頃さすがについていけなくなってきたよ。肝心の人達が書けないうえに景気悪いのはわかるけどサ。買っちゃったもんだから、殊能将之「黒い仏」の帯にはかなり来たけれど、赤江瀑の「虚空のランチ」にはもっぱら驚いたというか呆れたよ。新作だと思って危うく買うとこだったじゃないか。最近書いているって話は全く聞かないし、分厚いから内容をパラパラと捲っておいてよかった。要は、他社の版権切れたのか買い取ったのか知らないけれど、あちこちを寄せ集めて「虚無への供物」風に売っちゃおうってか。目次と奥付を見た限りはすべて既刊だし、言っとくけどどれもミステリじゃないよ。いくら形容詞を頭にくっつけてもね。ここまでくると(「黒い仏」も)ほとんど不当表示だね。食品だったら回収命令が出てんじゃないかい?少なくとも(私にとっては)信用は完全に失いましたな。まぁ、赤江瀑はどの出版社でもほとんど絶版でろくに手に入らないから、知らない人が手を出すのにはいいのかもしれないが、どういう人間が手を出すかわかっていてやってるんだろうし、それが手に取るようにわかるから尚更不愉快ですね。当然、赤江瀑に関しては出すんだったら元の形できちんと出すべきでしょう。それだけの評価と敬意に値する人だと思いますがね。このノベルズ、まともな方だったんだけど、ここ1、2年レベルが相対的にがっくり落ちて悲しい限りです。キャラクター化された売り方をされると中身まで紛い物に見えてしまって買う気が失せるんだけど、上っ面で釣った方が儲かるってなら、それはそれで好きにしなさい。といいつつ森博嗣はまた買ってんだけどね、まだ読んでないんで次だな。

「間違いだらけのビール選び」 清水義範著

ISBN4-06-273159-2

ビールに釣られて買ってみた。ちょっと世評と印象が違いました。もっと捻くりまくったものを書く人だと思っていました。ところがどっこい、さらっと淡白に実にあっさりした味わいで面くらいました。軽妙な節回しみたいな巧さは短編に向いてますね。他のは読んでないんで大きなことは言えませんが。少し気恥ずかしい感もありますがアメフラシの話が一番気に入ったのです。ピンクのアメフラシってのは聞いたことも見たこともない。食えるという話は聞いたことがあるし某所で焼いてたのも見たけれど食ったことはない。原形見たら食えないって。ぞっとするほど綺麗な紫の墨を吐くんだよなぁ、確か。(自信ないんでweb調査中)えぇ?三番瀬にもいるのぅ?そういえば昔踏んづけた記憶があるな。げげ、アメフラシキムチってのまであるらしい。ほんとかよ。人気もあるのか。綺麗な色の生き物は食えない(まずい)とか毒があるって教わったけど、確かにアメフラシは墨吐かなきゃ目立たない地味な生き物だけどね。

「恋恋蓮歩の演習」 森博嗣著

講談社 講談社ノベルズ ISBN4-06-182183-0

なんだかいろいろな状況が少しずつ動き始めた?のかもしれない。何冊目かは忘れましたが、そろそろ裏のストーリーの伏線にも気を配るべきなのかな。今回の場合は舞台も移動してるしな。でもやっぱり登場人物が多すぎて、小鳥遊君は今回はちょっと脇役。このシリーズ、これまでも二つの事件要素を入れ込むことで散漫な印象があったのですが、今回の話は比較的こなれているかも。ただ最初の頃(s&mシリーズ)の謎解き要素はどうしても薄れちゃうよね。それなりのレベルのものを定期的に書けるという筆力は評価されるべきだとは思うんですが、やっぱり謎が魅力的じゃないとね。謎に疲れたなら、個人的には小鳥遊+祖父江ストーリーの線でもっと引張ってくれても楽しい。多分そうはならないけれど。主役と脇役を適宜入れ換えながら各々をそれなりにきちんと描写してますが、小説というより二進法並列パズルみたいな効果を狙っているのかな。

「六番目の小夜子」 恩田陸著

新潮社 新潮文庫 ISBN4-10-123413-2

何をいまさらという感も拭えませんが、すっかり忘れていたのよ、とデビュー作ということもあるし読んでみました。順番めちゃくちゃに読んでも関係ないか。もっともこれの続編はまだ入手してません。デビュー作にしてはこなれているし女性的なやわらかい文章でとても読みやすいですね。2時間ほどで一気に読んでしまいました。釈然としない終わり方はそれなりに良いと思うのですが、舞台が舞台だけにちょっと「甘め」かもしれない。というか、こういうのを「ホラー」というのか?世評は釈然としませんな。人物やエピソードがかなり端的で類型的だとは思うのですが、それなりに魅力的な人物造詣はされているようです。もっとも女性はいいとしても男はかなりおとなしいかも。単純に感情移入できないまで年をとったということなんでしょうが、取り敢えず続編に期待させるものはあります。既存のジャンルの隙間をついたようなかたちもあるけれど映像受けの良さそうなシンプルさは現代向きです。

「藤原悪魔」 藤原新也著

ISBN4-16-759102-2

この人の写真が好きなんですが、このところちょっとご無沙汰。久々に手を出してみました。実践的、感覚的な社会性みたいな部分よりも、文明批評的なことばよりも、なんといっても「絵」が良いのです。特に順光の青と緑。眼底に焼きつくような圧倒的な光量。これは文章主体なんですが私自身「東京漂流」や「メメント・モリ」の生硬なイメージが強くて、随分大人になったような印象を抱きました。浅井慎平のように南房総で若年隠居するにはまだ早いと思うんですが、いろんなことが嫌になったらほんとに嫌で、もうダメってのはなんだかわかるような気はするのです。積み上げることは人として必要なことではあるけれど、歪に積み上がってしまったものにいつまでもしがみついてもいれない。よな。

「冬のオペラ」 北村薫著

ISBN4-12-203592-9

この人の本は読み終わると、高いレベルで当たり外れなく安心して読めるのが実は最大の欠点だったりして、等ととりとめの無い事を考えてしまうのです。主人公の女の子はとても魅力的だし、探偵さんも潔い。いるはずのない人の現代の夢物語として上出来です。主人公に辿らせる庭の趣味まで実に品が良い。渋過ぎる。庭はわかるものじゃないと思うからいいんだけどね。読んでるうちにまた巡りたくなってきますね。中短編3作ですがなんといっても表題作の「冬のオペラ」が秀逸です。人物が「きれい」過ぎる気はするけれどここまで上手く書ける人もそういないでしょう。人間の思惑や情感の美しさや醜さを細やかに見て取れる作者の眼に感服です。むしろ逆にこんな細やかな感情を持った人ってこの世にいるんでしょうか、逆説的に疑問に思ってしまいますね。そう、冬の京都は寒いけれど流れが一番明晰な季節でもあるわけですね。もっともあちこち弄り回して水量が減ったのは事実のようですが。


2003/07/30 作成