本の感想―23

ちゃんと書こうとするとしんどいし、一向に進まないので若干趣向を変えて、軽く書き流す方向に。書くために読み返したりも一切せず、結果として厳密性には欠けるので、あまり突っ込まないでね。

『霧の聖マリ+夏の海の色+雷鳴の聞こえる午後+雪崩のくる日+国境の白い山+雨季の終わり+椎の木のほとり+神々の愛でし海』

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辻邦生
1975/05/10 3版~
没中央公論社
すべてなし

故人。学生の頃4作目まで読んで卒業を機に中断。続きを古本屋で掻き集め、最近時間を掻き集め一週間ほどでようやく完読。「ある生涯七つの場所」という副題がついた全100編の連作短編。73年から88年にかけて発表されたもの。昔読んだ部分は綺麗サッパリ忘れていたので頭から一気に再読してみた。七つの場所は七つの色に見立てられ、黄・赤・橙・緑・青・藍・菫のそれぞれ14のエピソードにプロローグ+エピローグで全100篇になっている。更に、各色1~14の順に読めるのは当然として、各色の1なら1だけ、7なら7だけを読んでいくこともできるという縦横モザイク・タペストリー構成になっており、読み進めるうちに物語相互の関連付けと、主人公である「わたし」が見えてくるという仕掛け。舞台は日米欧に跨るが、個々の挿話は現代史に生きた人間の生き様が、フランス心理小説的な味わい深さを湛えながらも静かに、淡々とし過ぎるぐらいの叙景描写で描かれる。こそばゆいような喪われたものへの憧憬と刹那感が見事。その表現を極めたかつての日本語の美しさも特筆されるべきだろう。昭和初期以降の日米欧現代史にある程度精通していることが必要だが、読み終えたときに感ずる得も言われぬ温かさと充実感は深く染み入るような感動を伴うだろう。

『隻眼の少女』

隻眼の少女 -
麻耶雄嵩
2010/12/10 2刷
文藝春秋
ISBN978-4-16-329600-5

新刊で必ず買う数少ない作家の一人。つい最近(というか2011/04/22)、協会賞長編部門受賞。おやおや。やったな。少しは食えるようになるかな? 仕込みは2010年秋だが、まとまって落ち着けるときを選び一気に精読。相変わらずの人を喰ったパロディ、或いはこの世を愚弄した世界観と突き放された萌え。目的化する徹底したミスディレクションと暗喩。それは“人”として不味くないかい? という嫌~な予感と共に、時代が飛んで繰り返される後半。一気に雪崩れ込む怒涛の終章。やるとは思ったが、やっぱりやった。感服。天才。お見それしました。平伏します。鬱だ死のうクソミソ。スポ根。フザケ過ぎ。爆笑3回。ロジックの至福。偏差値60以上必須。前例はないが方法論的には連城の『戻り川心中』を思わせる破天荒。構成のバランスもこなれている。僅かに救いが感じられるラストは大人になったッてことなのかな? 次作も期待してます。

『青銅の悲劇-瀕死の王』

青銅の悲劇 Tragedy of Bronze - The dying King
笠井潔
2008/07/24 1刷
講談社
ISBN978-4-06-214806-1

麻耶と同じく後期クイーン問題(だっけ? 扱い方は大きく異なるが)に挑んだ哲学シリーズ物の日本篇第0部といった扱いの模様。第0作『熾天使の夏』との関連は類推されるが、カケルは実態としては登場しない。完全に目的化した推論の組み立てと演繹。論理の集約は面白いしよく出来ていると思うが、そこに本質はないことを読む側が予め身構えて知っていることが辛いところ。でも、今後の展開を考えるならば、通らなければいけない一つの手続きなのだろう。扱われるテーマは天皇崩御を絡めた一つの時代の終わりと作者の分身を思わせる主要登場人物の「転向」と「総括」。実際本作出版以降、フランス篇1作目の“永田洋子”が獄死し、東京駅コンコースで公安の宿敵・重信房子が護送警官の制止を降り切って、堂々と手錠を掲げてみせたパーフォマンスを見ると、思想の歴史的敗走にはある意味感慨深いものがある。

N.Mというイニシャルがナディア・モガールなのか、ニコライ・イリイチ・モルチャノフなのかは不明だと思うんだが。


2011/04/24 作成 2011/04/24 修正