本の感想―22

世間は3連休とくりゃ、部屋に引き篭もって読書しかないだろう。夏場、エアコンが効くことだけを目的に、直射日光が当たる部分はすべて断熱材+空気層で覆い、南面開口は乳白ガラスブロック4つのみ、床面RC金ゴテ・ビニル床シート直貼りなもんで冷蔵庫のようによく冷えるわ。

『恋文』

恋文 -
連城三紀彦
2003/10/05 28刷
新潮社
ISBN4-10-140504-2

玄人筋からは絶賛されていた連城がようやく一般の地平に降り立った1984年の直木賞受賞作。25年以上前に全盛期を迎えたという意味ではもう今の人ではないし、一定年齢層以下の興味を惹く内容でも、理解が及ぶ範囲でもないだろうが、10数年ぶりに読み返して、多分心情的にいちばんぴったりと嵌ったのは3読目くらいの今回か。それは、取りも直さず自分が年をとったということなのだろうが、とかくこの世は年を食わないとわからないことだらけなのは困ったものだ。

5短編。構成、展開、文章、すべてにおいて言うまでもなく完璧。芸術の領域。危うさを秘めた、1対1でない関係性というのもここまでくるともう“文化”なのだろう。夫が妻に送った絵、息子が母に書いた手紙、妻が夫に送った「恋文」と、どいつもこいつも嘘つきばかりが織り成す人間模様と昭和の時代にはまだ残されていた、大人の機微とそれを可能にした世情の余裕と受け止める度量。今風にいえば揚げ足取りたちが大好きなコンプライアンスの欠如に他ならないわけで、叫弾の対象にしかならないのではないかという気もするが、なんとも不自然で人工的ですらある情景を、類稀な巧緻と超絶な筆力で納得させてしまう技量に、もう一度恐れいった。

小説としての上手さでは中間3篇が秀逸だが、個人的に最もぐっときたのはラストの「私の叔父さん」か。チャリンコ二人乗りだぜ。なんつう定番。18年の時間を超えて届いたメッセージの解読も絶句せずにはおれぬだろう。どうせぇっちゅうのよ? よくこんなこと考えつくよな。

『貴族探偵』

貴族探偵 Der Adelsdetektiv
麻耶雄嵩
2010/05/30 一刷
集英社
ISBN4-08-771352-7

5年ぶりの新作は10年近くに渡る雑誌連載をまとめただけなので実質は既出だが、すべて初読なので新本購入。「銘探偵」に「名探偵」と諧謔的愚弄をそこはかとなく漂わせてきた麻耶の新シリーズ? は、とうとう「貴族探偵」であるよ。安楽椅子探偵の変形ヴァージョンだと誰もが思うだろうが、そこは麻耶。貴族探偵は紅茶を飲みながらひたすら事件関係者の美女を口説くだけ。捜査や推理、事件解決といった世俗の雑事は貴族の所有物である従者としての執事、運転手、メイドが行うという誰も考えなかった新機軸というか水戸黄門。フザケ過ぎだろう? いいぞいいぞ、もっと愚弄してくれ。この世の95%がそっぽを向いても支持しよう。

全5篇。短編3、中編2という構成。各篇のタイトルはヨハン・シュトラウス二世のワルツやポルカ、オペレッタの曲名から。すれすれの叙述トリックは別としても、基本は極めてオーソドックスな本格というあたりはいつもの内容。10年の歳月故か、頭と尻では読み易さが大きく異なり、後半ほど多少軽めで、流せるあたりは年の功か。お約束のぶっ飛んだオチがないという意味では物足りなさを感ずるが、傍筋とはいえ物語は水準以上の出来で端正に決まっている。「こうもり」なんぞは登場人物の幅も随分と広がっていて嬉しい限り。次作は待望の本筋長篇『隻眼の少女』らしいが、出る出ると言われはや数年。いつ出るかなぁ? “桐璃”の続きも早く読みたいぞ。

『造花の蜜』

造花の蜜 -
連城三紀彦
2009/02/08 3刷
角川春樹事務所
ISBN4-7584-1124-0

このところ長篇づいているあまり長い長篇を書かない連城のあまり長くない長編。地方新聞の連載小説ということでエンタテイン要素が高く、軽妙で平易。非常に読み易い。単行本化にあたり加筆訂正はされている模様だが、ぶちまけられた伏線が回収しきれておらず些細な齟齬はあるが本筋に影響はない。なにげに読み始めて止まらず、結局5時間ほど掛かって一気読み。

近作のいくつかをもう一捻りしたような集大成的な大仕掛の連発だが、後戻りせずに流していけるあたりはプロの筆致である。それでも、ところどころフッと出てくるしっとりとした情緒や濃密な情念描写、あるいは嘘つきたちの嘘に散りばめられた本音を豊かに描ききる修辞と文体の技巧は魅力的で唸らせるものがある。造花の蜜に群がる蜂のように、胡散臭い嘘つきばかりが織り成す、華やかな造花のようなニセモノばかりの事件は逆説と反転の坩堝、ガラス細工のように組み上げられた人工的な伽藍を思わせる。『99%の誘拐/岡嶋二人』『大誘拐/天藤真』『一の悲劇/法月綸太郎』に匹敵する誘拐モノの極地と思う。

ラスト一章は舞台を変えて新聞小説としての読者サービスかとも思ったが……。慣れた読者ならもう始めっからプンプン臭うし、あからさまな伏線から底はすぐ割れるが、“それ以前”を〇〇化(ネタバレになるから書けん)という一本背負いでうっちゃりつつも、費用対効果的にはこの戦果が加わることで成就するという意味で納得できる形になっている上に、物語の全体構成の意味付け(ネタバレになるから書けん)が、ここでもう一度ひっくり返るというアクロバットを決めている。還暦越えとはいえ、補って余りあるストーリー・テリングと構築美は衰えを知らない。あと2、3作はよろしく。


2009/07/19 作成 2009/07/19 修正