因果は巡る


上弦の月が抱くのは金星か? エンドウがどんどん実を付けている。葉潜りバエに荒らされるのでオルトランと苦土石灰を散布。まぁ、オルトランは使わないに越したことはない(コストアップだし)が、露地では人より虫の方がはるかに強大、かつ、マメなわけで、放置すれば何のために植えたのか意味がなくなる。無菌土壌・高気密の湿温・光完全管理の工場栽培が流行るわけだ。

◇ 排骨スパイス加熱冷却調理

さすがにこの歳になると、脂っこいものはまったく受け付けなくなるので、脂の多い肉は調理に気を使う。バラ肉とスペアリブに分解されていない肉塊300gx2。自称銘柄豚だったような気がしたが忘れた。特売品が半額になっていたので手が出た。日本風に三枚肉というよりは、五花肉といったところか。味はきっちり付け、素材の質を味わうという内容ではないので、部位がバラなら肉は正直なんでもよいだろう。

揚げ

調理工程

1)生姜と長葱で下茹で15分:外面洗浄+アク、臭み抜き+脂抜き。

2)熱いうちに老抽王+老酒をまぶし、常温まで冷ます:風味付け。

3)180℃で揚げ1分:外殻形状固定+内部物質保持+脂抜き+カラメル焦げ目で香ばしさを加味。

油の量を極限まで減らせば炒めると同義だが、炒める場合は肉のすべての面を同時に高温で焼き付けることは出来ないから、焼けない面から内部物質(水分+α)が流失する。

4)肉が1cmほど被る量の水+老酒+氷砂糖(三温糖)+老抽王+生姜+八角+丁子+桂皮+茴香+唐辛子+花椒の混合調味液を沸騰。老酒と氷砂糖は補完関係にある。老酒が多ければ砂糖は不要。

5)揚げた肉塊を入れ、落とし蓋をして弱火で90分(煮汁から肉が出ないぎりぎりまで)煮る:肉の中心部まで火を通す+内部組織断裂+ラードの融出+調味液の含浸。

6)放置冷却:ラード固化摘出+調味液含浸。

7)小径の深い器に盛り代え、調味液に完全に漬け込んだまま冷蔵4日:調味液含浸。

8)器ごと蒸し器で90分蒸す:内部組織融着+脂液化+最適温化。

煮ると調味液が蒸発し肉が空気に触れる。

9)器からトングで肉を取り出して、皿に盛る。少量の煮汁を掛け回す。

熱いうちに箸で食う。

冷蔵期間は適当:忘れていただけ。1日で十分だろう。本工程はより見映えよく、より香りよく、よりなめらかに、より味わい深くという官能目的のために、物理現象と化学反応を理屈だけで再現・再構築しているのであって、センス・経験・創意工夫といった料理レベルの要素は含まれていない。

スペアリブ

当初300gほどの生肉も脂が抜けて200gを切る程度(握り拳大)になっているはず。骨は簡単に引き抜ける。外皮は程よく固く香ばしい。お世辞にも品のある食い物とは思わないが、豚の脂はほとんど感じず、香辛料の風味も手伝って極めてあっさりした味わい。内部は溶けたチーズのような趣き。本来分かれていたはずの赤身と脂身は一体化して、脂身が赤身の繊維に潜り込んで融着しているような食感で、赤身の繊維感も噛むほどもなくぬるりと溶けていくように変質している。肉であって肉でない様相、とは前にもどこかで書いたか。煮汁には肉本体から出たアミノ酸以外は含まれておらず、スパイスと相まって透明感のあるすっきりとした味わい。老抽使用なので見た目に比して味はほとんどない。香菜でも飾れば尚良いが、香菜は現在開花中。花茎が立ってしまうと葉がない上に、花茎は固くて食えないんだな、これが。

香菜開花

骨髄液が染み出た下茹で液はスープに、ラードは炒めものに、ラードが析出していない調味液は次回、もちろん再利用する。豚肉の臭みを消し、清涼感を加味するスパイスは好みで。酒も好みでよいが量は多く(できればすべて)使ったほうが明らかにおいしいし、砂糖を使わなくとも十分に甘くなる。日本の本醸造濃口醤油は塩分がきついので煮る段階では使わないほうがよいかもしれない。塩分で肉が引き締まって固くなること請け合い。老抽王や老酒にはカラメルが含まれているので、代用する場合はどこかでカラメルを添加する(カラメルを焦がす)必要があるかもしれない。以上思いつくまま注記。

切断面

◇ ハム

生ハム

鎌倉で鎌倉ハムを買う。骨付き、定番ロース、何とかウィンナーなどなど。鎌倉ハムといえば江戸川乱歩だが敢えて理由は書くまい。歴史は古いが鎌倉名産というわけではないし、取り立てて高級というわけでもない。明治期に製法を伝授された中小の加工場の共有ブランドにすぎない。

焼きハム

まぁ、現代の日本においては存在意義の薄れた食材ではあるのだろうが、在庫があると生で摘めるし、火を入れてもおいしいし、上等なモノは生肉とは違った趣を追求できるという利点は失っていない。外国製に比べ肉々した量感に乏しく、エグイ旨味を追求した面白味には欠けるし、塩分が異様に薄いため保存性が悪いのが欠点だと思うが、つまらん鮮度志向や減塩信仰に迎合せざるを得ないところが辛いところだな。

コンソメ

おまけのコンソメ・スープ。山椒葉は2軒隣製、焼きハム付け合わせのクレソンは自家製。

◇ さより(細魚)

死後硬直が始まりかかった30cmほどのもの、5匹貰う。売っているモノよりはるかに上等。固いので氷水のまま冷蔵庫で放置。翌日鱗を適当に引いて全部3枚下ろしに。皮は串に捲き付けて塩を振り定番の炙り。4枚を刺身。煮切りと下ろした生姜。まだちょっと固いが旨味が回っておいしい。残りをもう一日置いて天麩羅に。下ろしたものをそのまま。漉き取った腹骨廻りやアラと山椒の葉、偽シメジで掻き揚げ。ちょい寂しいのでホタテ貝柱と芹の掻き揚げの三種。

細魚天麩羅

超薄衣。衣を薄くする代わり焙煎胡麻油を30%に上げている。中骨ももちろん揚げて塩胡椒。揚げながら冷酒でどんどん食う。揚げ切ると予熱で火が通り過ぎてしまう。飯のおかずが無くなるので蕪の漬物を引っ張り出す。時代にすっかり取り残されてしまった蕪はいつも売り場の隅で所在なげに安くて大量。ツヤツヤの白い肌が寂しい。汁は茗荷竹の味噌汁。売っている茗荷竹は軟白で柔らかいが、うちのものは自生なので、芽を出すと光を浴びてすぐ固くなってしまう。出てきた芽をズブッと引っこ抜き、地下茎に近い柔らかな部分を食べる。花芽は8月~9月のみなので、この時期にちゃんと茗荷の味がするものはけっこう貴重でありがたい。

◇ 冷凍ノルウェィ鯖味噌煮

扱いに困る冷凍大西洋鯖フィレ片身4枚を貰ったので思案3秒、味噌煮ぐらいにしかならんわな。半日掛けて完全に解凍。皮目を上にして霜降り。後、半身を2分割して頭側のみ飾り包丁。生姜は皮ごとスライス、一部針生姜、葱は網で炙って焼き目を付けておく。フライパンで酒4と味醂1を煮切り、水4と生姜を加え沸騰させる。混合比率は八方出汁の醤油を除いただけ。煮汁の量は鯖がヒタヒタ。煮立ったら鯖を皮目を上にして重ならないように並べ、適当に煮汁を掛け回しながら中火で5分煮る。蓋はしない。蓋をすると水蒸気で蒸され皮が剥げる。5分後、少量の酒で溶いた味噌1を加え弱火2分、鯖はフライ返しなどで慎重に器に取り出す。残った煮汁に更に味噌1を加え焦がさないように30秒ほど煮立て、針生姜と焼き葱、山椒の葉を飾った鯖に掛け回す。芸も工夫もない鯖味噌煮。3枚載っているが、もちろん一人前だ。

料理というよりは典型的なEat-inメニュー。自分で作るものであって外で金を払ってまで食べたいモノではない。煮込んでも味が染みるわけではないし、身が固くなるだけなので最小限の煮時間を見つけることがおいしい煮魚のコツ。どうしても昔風の身肉の中にまで味が染み込んだ濃い甘なものを作りたいなら、三日くらい加熱冷却放置を繰り返せばよい。ただし、煮立ての蕩けるような粘っこい柔らかさとは違った、缶詰のようにグズグズと崩れていくような食感になる。まぁ、煮汁の酒や味醂は飲めるものを使うことさえ守れば失敗の余地はない。酒と味醂をきちんと煮切れば甘味も必要以上に十分、というか甘過ぎ。味噌は甘味を増幅するのか? 酒をケチって砂糖を足せば、体よく大幅なコストダウンになる。味の決め手は味噌だろう。田舎臭い食い物には田舎臭い味噌が合う。でも、必要以上に甘くちゃ酒の摘みにも飯のおかずにもならないので、今回は岡崎のカクキュー八丁味噌に自家製の米味噌を半量合わせた。どちらにも砂糖はまったく含まれていない。

鯖味噌煮

酒や味醂を加え味噌で煮てる以上、素材がドータラ云々は言わずもがな。背の単調な幾何学模様が大西洋鯖の証だが、季節関係なく加工済みの安定供給で、真鯖に比べ脂のりがよく、身が柔らかで、鯖臭くなく、かつ比較にならないほど安価ということで、昨今は鮨屋の締め鯖領域にまで堂々と進出し、急速に市場を席巻しつつあるものの一つ。確かに味噌煮なんぞには、旬の真鯖より、むしろ向いてすらいる。脂さえのっていれば、クセのある魚固有の味なんぞはない方がよいというのが最近のトレンド。脂に砂糖とアミノ酸を加えたものを「コク」と称するのだから、脂は植物油脂と香料と増粘多糖類で代用すればよいし、砂糖は安価だし、アミノ酸にはタンパク加水分解物を使えば化学調味料不使用!!と表示できるから、需給の思惑も一致するというもの。


2010/05/16 作成__2010/05/16 最終更新