青空と廃墟


抜けるような青空に上弦の三日月が笑う。すき家の前を通りかかったら、人が溢れていて引き返す。これといっておいしくなったわけでもないのに、時間帯を問わない最近の混みようはなんだ? ファミレスの低位層が雪崩込んだのか、今や単位時間あたりの客単価を考えたら商売にならなかったはずの女子供や高校生までが席を埋める。ここでもまた一つ、土方の居場所が奪われていくのか? 金廻りの悪そうな作業員や、ひしゃげたドサ廻りの営業マンが280円の並牛丼を10分でかき込んでいる傍らで、耳栓マフラーの高校生がマヨ(ネーズ?)やら玉(子?)のトッピングを施した、聞いただけで顔を背けたくなる特盛りなんとか丼セットをのうのうと食い、女子供が延々とお喋りしながら食事の後にはデザートとお茶などという麗しい光景を眺めていると、「働いたら負け」という言葉には多分な真理が含まれているのだと思わざるを得ない。

Upward descent

「自立した個人と自立した個人の集合体としての……」なんていうものは、既存社会の既得権者や宗主様にとっては逆鱗に触れる観念だし、寄り固まって仲良く草を食み、囲いの外などという概念が存在すらしない羊にとっても、自ら考え、自らの責任において行動する異端は危険極まりない狼に他ならないわけだ。出る釘は打たれるどころか、引っこ抜かれて跡形もなく補修されてしまうこの世の条理を傍観するのも食傷気味だが、カウンターのど真ん中にポツンと一人、牛皿1.5盛とお新香を肴に、がらんとした殺風景な店内でガラス越しの陽射しを受けながら、瓶ビールをマッタリと傾ける昼下がりの安寧と慰藉を返せよ、こら。

箱庭菜園

一晩で2cmほどと、凄い勢いで緑の芽を伸ばすのは中国産大蒜。最近のものは発芽しにくいと以前書いたが、時期が来ればけっこう発芽する模様。伸び始めると速いのだが、国産に比べると品種が異なるのか、外観は細くひ弱。成長は遅いががっしり太い青森大蒜の芽とは別種のようだ。隣の丸いのはアボカド。この辺りで実を成らすことは気候条件からかなり難しいようだが、発芽したものがすくすくと育つのを見ていると、いろいろ方策を考えてしまうもの。この二つが発芽するかどうかは今のところ不明。発芽率は経験的に50%いかない。青っぽいのは掠めたクワイ。残りはクワイ煎餅になって胃袋に消えた。取り敢えず根と思われる部分を水に浸してみたが、今のところ変化なし。根が出たら睡蓮鉢に植えれば繁殖するのではないか? という目論見。輸入缶詰のクワイはよく買うのだが、うちのような在だと生クワイは正月ボッタクリ価格でしか売られず異常に高価だし、年末の一時期しか売っていないから、買わずに済むなら買わずに済まそうという試み。

箱庭

おせちは自分で作る人も多いだろうが、余興で日常食の50%を作る身としては正月くらいは休んでもいいよね? 材料売ってないし。近くの飲食店で見繕ってもらった“おせち”は思いのほかの出来栄えであった。料理人が若く、濃い目の味付けが微妙に安定しないので普段は敬遠しており、あまり気乗りはしなかったのだが、毎年代わり映えしない和風や中華おせちの半額なんだよな。年末も押し迫った頃、限定35じゃもうねぇだろ? と聞いてみたら、まだあると言うので頼んでみた次第。26/35だったので多分すべては消化されなかっただろう。

南仏と北伊がチャンポンになったような、ありがちな南欧風料理の店なので中身は当然洋風おせち。杜撰この上ないが、サンプル見て頼んだわけではないので開けてビックリ玉手箱。2段重ねの白木箱入りで、骨壷でも入っているのかと思ったぞ。味付けは店内よりかなり薄味で、伝統的な長持ち仕様ではない模様。工場製作のネタを組み合わせるだけの量販おせちとは異なる創意と工夫が随所にあって、量、内容共に納得できるものであった。盛付はもともときれいな店だが、無駄な正月飾りの類が一切なく、作り込んだ味だけ味わってくれと言わんばかりのディスプレイも料理人のセンスを感じさせた。

◇ 豚肉を弄り倒す――豚バラ肉の茹で揚げ煮蒸し

調理時間:2日(実働30分)

中国系のサイトでは500gで2人前なので、700gほどの国産豚バラ98円/100gで3回分を目論む。皮はないが毛穴付を使用。本来は皮・脂・赤身の三態を味わう料理のため皮付を使うのだが、皮を食用と考えない日本の食肉文化の下では、外皮と体毛は最初に切除されて産業用に廻されてしまい、普通のルートで肉屋に皮付豚が納入されることはない。特殊ルートの肉は当然、お値段も特殊で手が出ない。輸入品ならば皮付のモノが普通に売られているので、どうしてもという場合は輸入豚を使うしかない。

肉は屑生姜、屑葱と一緒に30分ほど茹でる。下茹では脂抜き、臭み抜きとアク抜き、肉表層部の洗浄を兼ねている。中まで火が通っている必要はない。茹で上がったら、ザルで水気を切って熱いうちに老抽王と老酒をまぶし冷ます。

下味付け

肉が冷めたら油を張った中華鍋、160℃程度でほんの数分、軽く焦げ目がつくまで揚げる。揚げるのは外殻を固め、次工程での煮崩れを防ぎ、香ばしさを増すため。

揚げた

別鍋に3年陳老酒640ml、八角3個(手で割る)、桂皮3本(手で折る)、丁子、花椒、胡椒粒、生姜の皮、まぶした残りと老抽王30ml、普通の丸大豆JAS特級本醸造濃口醤油30ml、氷砂糖30gを沸かす。触れる程度まで肉が冷めたら、3分割程度に切り分ける。皮面以外の各辺をすべて落として直方体に整形するのが本場風だが、そこらで手に入る小さな肉塊でそれをすると貧相にして興醒めなので、後に蒸す器にぎりぎり入る(どうせ縮む)程度が良い。

煮る

老酒が沸騰したら落とし蓋をして3分割した肉を弱火で3時間ほど普通に煮る。煮汁が足りなくなれば老酒を補給。3時間経ったら、そのまま一晩放置冷却。翌日、表面に白く固まって浮いたラードを取り除く。

ラード抽出

肉を手で慎重に取り出して、皮側を上に小さな器に盛り、肉の半分ほどを煮込み液に浸し、蓋をして最低3時間蒸す。本来は煮工程の代わりに皮を下にして、延々数日蒸すのだが、小さな器なので蒸し上がるともうひっくり返せないから仕方がない。実際、蒸し時間は長ければ長いほど良いだろう。

蓋を開ければ

蒸し上がりは5cm角ほどの直方体になっているはず。片栗粉によるとろみ付けはかえって不細工になりそうなので割愛。温めた煮汁を適宜加え、箸で毟るまでもなく触れると蕩け崩れていく肉をそのまま、それだけ食べる。

う~ん。これは確かに、肉であって肉ではないような食感、濃厚でいながらスッと抜けていくような透き通った風味。豚の旨味でいっぱいだが豚臭くはないという絶妙。器底に残った煮汁も醤油分が僅少でアルコール分が抜けて旨味が加わった紹興酒なのでそのまま飲めてしまう。悶絶。副産物のラードは他に転用できるが、5cm角に凝縮された本体(700g/3)はビールの摘みであっという間になくなる。虚しい。

食いかけ

老酒を大量に使うが、もちろん200円台/本の安価な3年陳で十分。杭州風に仕上げるならば当然紹興酒を用いるのがよいだろう。酒とスパイス類が薫る風味の決め手でもある。酒の主成分は水だが、酒で煮るか、水で煮るかは別の食べ物と言えるほど見事に味に直結した結果を産む。圧力を掛けて促成した業務用や代用調味量で味を構成する既製品とも根本的に味の組み立てが異なることになる。ノーテクニックの「待つだけ」調理だが、煮る時間よりも蒸す時間を増やしたほうが仕上がりは良さそうだ。次は素焼きの土壷を手に入れて蒸し上げてみよう。

◇ ホットサンド

調理時間:30分

飯屋の帰り、いつもの中村屋や岡田屋を眺めるが気を惹かれるものがなく、サンドウィッチでも作ろうかと70円くらいで投売りしていた8枚切り食パンを15年ぶりくらいに買う。最近はセルフレジでカード買いしかしないので、細かい買い物も苦にならない。酒をスキャンすると「年齢確認商品です」と言われるが、ただの一度もIDカードを見せろと言われなくなったのは少し悲しいな。この、よくある甘ったるい、ふにゃふにゃの出来損ないパン。買ったはいいが、どう使おうか考えているうちに月日は流れ……、るのだが、常温放置で一向にカビすら生えないのは凄いよな、何入れてんだ?

マッシュルーム、業スーの偽ベーコン、ピザ用ナチュラル・チーズ(マリボーとゴーダの合わせ)と、パンに合わせたグレードの材料は揃う。が、いざ焼こうにも、うちにはオーブントースターがない。そこで、ホットサンド。挟んで焼く機械ももちろんないが、2本の手と1枚のフライパンがあるじゃないか。スライスしたマッシュルームとベーコンは、オリーブ油と塩、胡椒たっぷりで予め軽く火を通す。パンの上一面にマスタードを塗り、チーズを撒き、マッシュルーム+ベーコンを散らす。更にたっぷりチーズを撒いて具材を覆い隠したら、もう一枚のパンを被せ形を合わせる。パンの面全体に手の平を押し当てて、2枚重ねのパンを軽く馴染ませる。チーズが溶け始めればちゃんとくっつくので心配はいらない。

熱したフライパンにバター15gを溶かし、合わせたものが分解しないよう慎重にパンを置く。適度に位置を移動しながら、手の平でパンをフライパンにグイグイ押し付ける。パン底面が香ばしく焦げ始めたら手で摘んで慎重にひっくり返す。パンの余白にバターを10gほど置いて、溶けたらパンをずらし、絡めるように伸ばし広げ、再び手の平でグイグイとパンを押す。手はちょっと熱いが耐えろ。そのうち馴染む。内部に空気が残らぬよう、かなり力を掛けてもよい。数分でチーズが完全に溶け、二枚のパンは一体化する。焦げ具合を見て皿に取る。あとは同じことを3回繰り返すだけ。皿に重ねて一刀両断。冷えるとチーズが固まって食えたモノではないからさっさと食べる。バターをたっぷりと吸いカリカリに焼けた耳や外皮のさっくりとした香ばしさと滴るチーズがポイント。

4枚重ね

具は温まっておいしいものならば制限はないだろう。生大蒜を塗りつけたパンにドライ・トマトとポルチーニ、チーズはマスカルポーネ、或いはアボカドと蟹足肉に完熟オリーブのスライス、ライム果汁和えなどにでもすれば尚良さそう。そういえば、昔、スタウトやエールの摘みにしてた羊の血のソーセージを挟んだホットサンドを思い出した。たっぷりのバターと酸味の強いマスタード、胡椒と真っ黒なソーセージだけの素朴で質素な味わいは、トロトロとしたスタウトに負けず劣らず個性的で印象深かったものだ。泥炭のムーアにヒースを見に行くというと、朝から晩まで水代わりにジントニック飲んでる宿の女主人がサンドウィッチ作ってくれるんだよな。


2010/01/19 作成__2010/01/19 最終更新