本の感想―21

ヒマなおかげで読書が進む。積ん読本は軽く3年分くらいあるから大丈夫。毀誉褒貶が激しい麻耶雄嵩だが、個人的には単行本でも買う数少ない作家の一人。麻耶の立ち位置は極めて特異である。本格や新本格といったムーブメントが濫用する記号を多用しながらも、そのアイデンティティを愚弄し、根底からひっくり返すようなことを平気でやってのける。同業者、業界、読者、誰にとっても厄介な存在なのではないか? 結果的に孤高を保つ質をキープしていくのは並大抵ではないだろう。初版1万部も出れば良いほうな状況の中で、超がつくほど(とても食えているとは思えないほど)寡作だから落ち着いて時間がとれるときに大事に読みたい。

『神様ゲーム』

神様ゲーム God's truth
麻耶雄嵩
2005/07/06 一刷
講談社
ISBN4-06-270576-1

全ルビ付きのジュブナイル。原マスミによる絵本風の挿画入り。内容的には2時間もあれば余裕で読み切れる分量だが、麻耶だからねぇ……と、一字一句落とさないように通常の3倍モード。ツレナイ神様に翻弄されながらも成長していく子供の物語……で、いいのか? いいのか? こんなの子供に読ませて? (100回ぐらい絶望して大人になったほうがいいよね)

いやはや。ネタとしては中篇程度だか、キレまくった切れ味は相変わらず鋭い。何といっても探偵役は“神様”だから。その時点で前代未聞の新機軸だが、その神様のうっちゃりが酷い。いや、酷いなんていってはいけないのか。『God's truth』絶対真だもの。神の言葉をどう解釈するかが人の務めなのだろう。極めて論理的に残酷で暗澹たる結末が呈示されるが、自らの運命すら予言されている主人公に逃れる道はない。そして、ラスト。もう一度ひっくり返されても、神の審判はただ受け入れるしかない。なんという不条理、なんという崩壊感。正に言葉通りのメタ・ミステリである。素晴らしい。

『蛍』

蛍 Firefly
麻耶雄嵩
2004/08/25 一刷
幻冬舎
ISBN4-344-00664-X

タカタカターンと季節柄、梅雨に相応しい雨の物語。こちらは麻耶にしては意外と軽め。叙述の不自然さから1/3も読めば基本的なカラクリには気付いてしまうが、麻耶のことだからそれ自体が作者の術中に嵌っているのだろうと思わせる裏の裏読みを強いられる。物語は典型的だがこなれている。論理はあくまでも論理として機能し、表のストーリーと裏の物語の交錯、収束も興味深く愉しめた。小道具としての蛍が光って飛ばないのはちょっと残念だが、蛍の持つ美醜という二面性が物語ともうまく呼応し、(横溝正史ばりに)鍾乳洞+αまで出てきたから許そう。肝心のトリックは悪くはないがちょっと方向性がズレたか? 前代未聞だとは思うが、プロットの本質には関わってこないという意味で肩透かしを喰ったように思う。独特な固有名詞や記号化された登場人物、抽象化された世界観はいつもの麻耶で安定している。あっさり感は表のストーリーが饒舌なのに比して、裏を少し端折り過ぎたことによるように思う。もっとどぎつく、ねちっこく表現したほうがラストのカタルシスも増したのではないか。

そして、うぉ、やりやがったぁ!!! お約束のエピローグ。おいおいという予感を微かに感じさせながら、構築した伽藍を一瞬でぶち壊すような崩壊感はお見事。勇者になりそこねた勇者にすべてを背負わせる容赦の欠片もない残酷さは、これぞ麻耶。

『ユージニア』

Eugenia Eugenia
恩田陸
2008/09/25 再版
角川書店
ISBN4-04-371002-7

少女漫画風のノリが鼻に憑き、しばらく手をとる気になれなかった恩田陸。久々。毎度お馴染みである思わせぶりだがちっとも収束しないプロットも、協会賞ものだから毎度のパターンではなく多少なりとも伏線が収束するのでは? と期待してみた。

期待しないで読んだからとまではいわないが、結果的にはなかなか愉しめた。「Who?」に関しては冒頭で確定するが、「Why?」「How?」を解明していく過程や、それが引き起こす結果や経過は伏線を踏襲してよく書き込まれており、メタ(meta-)な感触が漂う作中作も論理的に納得できるものだし、ベールを一枚一枚剥いでいくような表現も繊細で巧い。少女趣味的ではあるが、百日紅や青の間などの、冷たくて蒼い夏の情景のカットバックも映像的で美しい。主人公の人物造詣も小粒ではあるが、いつになく(男が読んでも)魅力的ではある。到達したラストは“継承”なのか“復讐”なのか、真実は人の数だけあるとほざいてうっちゃるところは相変わらずだが、一応理解が及ぶ範囲ということで許容できる。これは、もう個性というべきなのだろう。惜しむらくは、初出が2誌に跨る連載であったことだろう。手は加えられているが、細かい齟齬や瑕疵は修正しきれていない。構築性と抒情性、あるいは形而上学と女性性が両立したような書き下ろしを切に望みたい。単行本はかなり装丁や段組が凝っているらしいので、そのうち手に入れてみよう。


2009/06/28 作成 2009/07/04 修正