井戸の底


雨季明け。不安定な天気が続くが暑いな。半月ぶりに隣町で一人飯屋をぷらぷら。喉が渇いたのでアイリッシュ・バーでア・パイント・オブ・ギネスと目論むがclosed。潰れたか? え? 真昼だから? 芋とビールなんて昼飯以外に食えないだろうに。照りつける日差しに頭クラクラ。カレイのようにひらひらと日陰に這い蹲りたい。いや、夏といえばマコガレイか。と、唐突に“カレイ、マコ?”と尋ねると、“ばっちり”とのたまうので、それだぁ。薄っすらと飴色が入った淡白な身のしこる歯触り、優しくピンクが微かにのった旨味が広がる背身と一貫ずつ異なる部位を並べてくれる配慮も嬉しいね。海鞘、蝦蛄に蝦蛄爪軍艦、今しかない旬の初もの秋刀魚を愉しんで、貝といえば地物生鳥貝をシコシコと堪能し、鮑を頼むとでっかい15cmほどの黒鮑をばらしてくれた。当然、どこにします? と訊かれるから柔らかい吸盤部分と硬い縁を一貫づつ貰う。分厚いなぁ。大丈夫? 今が最盛期の銚子の岩牡蠣は塩のみでふくよかなマッタリ感を味わうことよ。

井戸の底にも

誘われたので近在の映画館で『Evaの破』。そんなに重低音で振動しなくてもよいのだが、う~ん、今回の主題は「ポカポカ」。なんだか、盛り上げ基調だなぁ。WEB開設後、そろそろ満十年になることに気付いてちょっと凹む。それでもいつか、井戸の底に陽が差すこともある…か。

ハンバーガー試作

調理時間:バン:20分+具材下拵え30分+調理10分

遥かな過去、銀座三越の藤田田商店で食ったのが最初だった記憶があるが……、最後に食べてから10年ほどが経ち、10年後にはドクターストップで食えそうもないものの一つ。

バン

バン(bun:複数でバンズ:buns)といわれる丸いパン(pãn:pan:pain)を用意しなければならないが、極小の屑小麦をイーストフードでふかし、歯にくっつく不愉快な弾力と甘味を付加したメーカー品はパンとしてもバンとしても認識できないので、いくつか焼いているパン屋をあたってみたのだが、あまり気に入ったものがない。塩気だけでかっちりと焼けたバンズには需要がないということだろう。ということで、最終成果品が直径12cmほどになるようにバンズを焼く。お菓子じゃないので砂糖はイーストの餌のみ。塩気を効かした簡素な風味と小麦の味がするしっかりした生地、香ばしい焼け具合を目指す。全粒粉やライ麦粉でいっそう固めに作るのも面白いが、コスト高になるし、まぁ、今回は試作ということで極力スタンダードに。強力粉は人力でパワー全開10分ほどで練り上げるのがいちばん結果が良い。2次醗酵が終わったらクッキングシートに並べ、全卵を刷毛塗し芥子がないので胡麻を振る。180℃で10分、220℃で5分くらい、焦げ目を見ながらオーブンで焼く。

buns

量は適当だが、直径110mm強のものが4つ、100mm弱のものが3つできた。触れる程度に冷ましたら、ナイフを入れて頭(Crown)と土台(Heel)に分割して、切断面をフライパンで空焼きして焦げ目をつける。冷めないうちに切断面(上下共)にたっぷりのバターとディジョン・マスタードを塗っておく。

中身 ― ハンバーグ

蒙古の欧州侵攻に加わっていた中央アジアの騎馬民族タタール人の料理、タルタル・ステーキ(Tartar steak)が神聖ローマ帝国に伝わって改変されたものといわれる。タルタル・ステーキは生の馬肉の挽き肉を丸く盛り、生玉子と香辛料をぶっかけてグチャグチャに掻き混ぜて食うという、大陸的でなかなか野蛮な料理。東の果てには朝鮮料理のユッケや日本料理のタタキとして現在に伝わっている。馬の代わりに牛を用い、混練して整形した物を焼き上げたのはヨーロッパ人。ハンブルクのステーキが語源だが、当のハンブルク(北ドイツ・ハンザ同盟の港湾都市)でハンブルク風ステーキにありつくことはできないというのは有名な話。

欧州では廃れたハンバーグだが、大量生産消費のアメリカではパティとして工業的に再生されることで食品工業の一つの製品として生まれ変わった。フランチャイズやチェーン販売による大量販売では均質な原料を安価に大量に入手する必要があるが、需要がなくてだぶついていた牛挽き肉は恰好の素材だったことだろう。ハンバーガー用のパティは脂身の入った牛肉100%で作られる屑肉の寄せ集めが本来の仕様だが、“洋食”としてのハンバーグは牛100%仕様だとポソポソで肉臭い上に高価につくという理由で、更なるコストダウンを兼ねて豚肉や植物油脂を混ぜたり、玉葱やパン粉、牛乳、各種バインダー等で増粘し見た目の嵩上げを計ることが国内では常道化している。

試作品ということで、牛豚7:3合挽き肉450gに全卵1個(バンズに塗った残り)、嵩上げに玉葱中1個を使用してみた。玉葱はみじん切りして、油少々で狐色になるまで10分ほど中火で焦がさないように炒める。狐色になったら薄く広げ常温まで冷ます。冷めたら玉子と肉、塩4g、胡椒、ナツメグたっぷりを合わせ、体温が肉に移らないよう手早く1~2分ボールで練り合わせ、滑らかになったら4分割、直径120mm、厚さ12~13mmの真円に整形する。他材料の準備を整え、時期を見計らって焼く。フライパンに植物油適宜、中強火で表面を焦げ目がつくくらい一気に焼く。焦げ目がついたら裏返し、裏面も同様に焼く。表面が焼けたら弱火にして蓋をする。3分ほど中までじっくり火を通す。竹串で突いて肉汁が透明ならOK。

ハンバーグを上げたら肉汁をソース化する。フライパンに残った肉汁に赤葡萄酒、缶詰トマトちょっと、肉桂、丁子で煮詰め、塩、胡椒で多少濃い目に味を調える。

中身 ― その他の具材

有り合わせ、あるいは好みで。たまたまあったサニーレタスのようなものは洗って水切り。バンの断面に合わせて手でちぎる。トマトは6~8mmの輪切り。熟したアボカドも6~8mmにスライス。玉葱は3mm厚で輪切り。今時の軟弱玉葱を水に晒す必要はないだろう。キュウリは貰いもの。直径60mm、長さ400mmのお化けサイズを長さ100mm、厚さ3mmほどにスライス。ピクルスは同じキュウリを細かく刻んで一晩青唐酢漬けに漬け込んでおいたもの。チーズはクリーム系からハードまで現状在庫が3kgほどとヨリドリミドリだが、肉に合わせるにはさすがにくどいだろう。病気になりそう。市販品によく用いられているものはプロセスチーズ? と思われるが、あれは、まぁ、あれだからな。

積層構成

土台に葉っぱを敷き、玉葱輪切りを載せようとしたら輪っかがすっぽ抜け崩れた。ま、適当に。ピクルスを適宜まぶし、ハンバーグをどんと載せ圧迫。一つはトマト+キュウリを載せ最後にトマト系ソース(写真右)を、もう一つはアボカドをたっぷり盛ってリー&ペリンズのウスターソースをちょろりと数滴垂らす(写真左)。共にバンの冠を載せて軽く圧迫して、ビールだビール。

ハンバーガー

デカネタ寿司が鮨でないように、無意味に食べ難いものや特殊な食べ方を強要されるものは食べ物と認識しないので高さ方向はこのあたり(120mm)が限界寸法。上下を指で2/3ほどに圧迫すると上顎と下顎で噛み合わせ可能で、何とか崩さず食べることができる。一口齧って取敢えずは肉のボリュームに驚く。きっちりと下味が効いて硬さ程良く焼き立ての熱い肉汁も溢れる。110gほどの肉からできたパティだが2個で十分。半日胃がもたれたわ。バンは香ばしく、かつ小麦の質素な味わいが率直に伝わり、思いのほか上手くできたと自賛。やればできるじゃん。素材と味の組み合わせだけ予めイメージしておけば、調理そのものは難易度ゼロ。素材としてのアボカドはちょっと弱い。ねっとりとした食感は面白いが、強烈な肉の旨味に負けてしまい本来の味が出ない。一方、トマトは酸味で主張するから肉に負けない個性を発揮する。

本日土用丑の日

調理時間:下拵え30分+調理(実働)10分

今日は一の丑。新仔新仔煩いんだよ。最近は夏だけでなく春秋冬にまで拡大してのなりふり構わぬキャンペーンが鬱陶しいが、イベントでボッタくって、不良在庫は処分しちゃうから、平常期は質と価格で勝負してます、キリッという趣旨ならオレも大人だから理解しよう。ま、穴子でいいけどな。

穴子x2

地物らしいが、長さ50cm、直径3cm強で一尾200円と高いのか安いのか微妙な値付けだな? おい。どうします? と訊くから、そのままでいいよ、と返したらおばちゃん目が点になってたぞ。そんなことしてるヒマがあるなら10%でも値引くか、下拵えはちゃんと金取れよ。不公平じゃないか。旬のせいもあってかなりボリューム感はあるが、不自然な肥え方はしておらず身は引き締まってヌルヌル。鮨にはでかすぎで野暮の極み。背開きにして中骨を外す。腸をこそいで肝のみ分別しておく。血抜きが上手いせいか身は恐ろしく透明で白い。あまりの透明感につられ、ちょっと薄く削いで齧ってみると淡白だがほんのりと旨味があり歯応えも締まる感じでなかなか。刺身(洗いにすべきか)でも十分いけるが、そこはやはり所詮は下魚ですらないゲテモノ、煮るか揚げるかするのが料理としての基本的な設えのように思う。活きや活け締めで流通するのがごく当たり前のモノだ。いまどき珍重するモノでもなかろう。メニューに堂々載せるものではなくて、常連客にこそっと耳打ちして、数枚引いた身を小鉢に飾らずに盛りつけてさり気なく出すもの。刺身で食べれるほど新鮮という謳い文句も、こと穴子に関しては無粋で滑稽なただの悪趣味でしかない。湯霜してヌメリをこそいだら、極弱火、酒、水半量で30分、砂糖を入れて20分、醤油を足して10分、火を止めて手が入る温度(60℃くらい)まで冷ましたら出来上がり。慎重に扱わないと煮汁から上げる段階でブチブチ分解する。

穴子背開き

基本は摘み、詰めか塩か、あるいは無しかは気分で決める。残りは穴子飯に。冬ならバーナーで少し炙ってもよいが今は夏。酢飯でない白飯に“おかず(主菜)”を乗っけて食うという行為は原則として一切しないが、天重、かつ重、鰻重あたりと共に、数少ない例外として認める稀有な例である。鰻もそうだが、身肉だけを箸で掴むことが困難で、下の飯を土台にして口に運ぶ必要があるから仕方がないともいう。だから当然つゆを器底に溜まるほどベチャベチャに掛け回すのは許しがたく、飯はあくまでも白く米の味を愉しめるというのが原則である。

煮詰め

頭と中骨は特に臭くはなかったのでそのまま使い回している詰めに追加して、醤油、みりんを増量して煮詰めた。砂糖で煮てるのだから穴子自体は十分甘い。家で食う詰めくらい、サッパリと辛口でもいいでしょう? 肝はちょいと湯掻いて酒に漬けておくとこれまた最高の摘み。

穴子飯
煮穴子詳細

うむ。この穴子は素晴らしかった。捌き方が下手糞でイヤになるが、開いたパック品とはあらゆる意味で質が違う。特有の臭みはもちろん皆無で穴子の身肉だけが穴子として香る。身が恐ろしく柔らかく、口に入れた途端ゆるく溶けていく。脂乗りもくどすぎず、淡白すぎずで理想的な按配であった。山椒も山葵もすべての薬味は不要である。旬とはよくいったものじゃないか。


2009/07/19 作成__2009/07/19 最終更新