Summer 2009


夏になって、反対隣の鮨屋に浮気中。だって鮑が必ずあるんだもの。南端のランズエンドに本拠があるチェーンだが、青柳、鮑、鯵、鰯、鰹、鰈、キス、穴子といった地物は値段の割りにまぁまぁ。セットもの中心で炙り寿司をメニューに載せたりする回転かファミレス紛いの媚びた装いとシステムが鬱陶しいが、まぁ、客に合わせて握る才覚はあるようだし、モノが旨ければ許せるレベル。一時味が落ちていたが、すぐ隣に似たようなコンセプトの鮨屋ができて、このところ一気にぶり返した。やればできるじゃないか。特に際立つのがしゃりのキレ。米はコシヒカリ系だが、とにかく酢が際立って香り、甘味がまったく感じられない清々しさが嬉しい。

ノウゼンカヅラ

握りは一見、全国に敷衍したように思えるが、「酢と塩が引立ち人肌の上質な酢飯+手を入れて作り上げたネタ+ほんのり甘い煮切り」という味の基本的な構造が再現されているわけではなく、その場所の風土や趣向に合わせた改変が加えられているのが普通で、見た目が似ているだけであることが多い。実際、北から南まで“キレ”の良い鮨にありつけることは滅多にないものだ。どんなに優れたネタを載せようとも、酢飯や調味は地元の趣向に合わせてしまうため、甘過ぎたり冷たかったり、酢が薫らなかったりとせっかくのネタの良さを殺してしまい、技術以前の問題として結果的に似て非なるものに成ってしまうことが残念である。手で摘む気にならない奇を衒った愚劣な飾りや悪趣味な薬味は知らん振りして落とせば対処できる(臭いは除けないので困る)が、酢飯を除いたら後に残るのはただの刺身であって、もはや鮨を食う意味がないというもの。

高額店の事情は不詳だが、東京近郊でも砂糖をまったく使わずに酢飯を握る店は極めて少数派になっている。さすがに一口付けて甘味を感ずるほど酢を薄め、砂糖をベタベタに入れる店は、女子供相手の中外食産業系やオッシャレ~な寿司割烹や寿司居酒屋といった業態の一部に限られるだろうが、時代の趨勢か、当たり障りのない“刺身オニギリ”を供する店が確実に増えているのも事実である。見分けるのは実に簡単である。扉を開けた瞬間、酢が匂うか否か。割烹気取りで摘みが主体だったり、レディースセット(Ladies' set ?)やサラダ、デザートを出すような寿司屋には近寄らないに限る。大蒜や焼鳥、揚物の臭いがしたらさっさと扉を閉めるのが吉であることは云うまでもない。

きりっとした酢の匂いが年々好まれなくなっているのは自明の事実だが、最近増えているもう一つの勘違いが、冷たいネタに冷たいしゃりというスーパー惣菜寿司が標準化したようなもの。握りの上手い下手に関してはいろいろ言われるところは理解できるし、上手な人に握ってもらうにこしたことはないが、あまり問いたくない。握り加減の上手い下手は口に入れた瞬間、というか手で摘んだ瞬間にわかるが、手で摘んで一口で食べるという握り鮨から完全に逸脱した形態の寿司は対象外として、年季がドータラ云々を未来の職人に問う意味はもうないだろう。その道うん十年の魚選びから仕込みの采配までこなす職人もいれば、ほんの数ヶ月も見様見真似で手を動かせば、取敢えず握れてしまうのも江戸前握り。江戸前鮨が全国に広がった理由を昭和20年代の統制経済における委託加工制に求める向きもあるが、配給制が終わった時点で郷土寿司が復活しなかったことを考え合わせると、その最大の理由は“作るのが簡単で儲かるから”と考えるほうが余程説得力がある。

水景

で、なんだっけ? ああ、鮑か。蒸し鮑に詰め、煮トコブシに詰めというのも堪えられない味わいだが、最近は分厚く削いだ生の身に隠し包丁を細かく入れ、海苔で留めたものに煮切りをちょんと付ける極めてオーソドックスな握りが好みである。鮑も輸入に加え、生態解明が進んで養殖や品種改良に弾みがつき、更に不況もあって市場ではだぶついているらしい。コバルト色に光るアンモナイトのような殻は三陸辺りの養殖稚貝の放流ものらしく、殻を外すところから見てないと味だけでは区別できない時代がすぐそこまで来ているように思う。

無残

自治体の肝いりでリニューアルされた駅前三セク施設(所有権は民間と云われるが、自治体公務員が勤務する財団法人の公共施設が組み込まれている)が2年も経たないうちに、あちこちで綻び始めた。元々、中途半端なチェーンばかりだったが、ここに来てたまに利用してた中堅輸入食材店が撤退セール。いつの間にか小さな専門食材店もポツポツと無くなっているが、どれもパッとしなかったからそれは仕方がないなぁ。売りたいモノは欲しくないし、買いたいモノは売っていない。すれ違いも極まると滑稽を通り越してもののあはれを催すというもの。唯一の面白い展開は、1階のかなりの面積を占める空きテナントにBKFが入居することで、場末感にいっそうキッチュな典雅が加わりそうで今から期待している。傘下の蔦谷が既に入居しているから不思議はないが、どちらかというと家賃の安そうな場所に突然できるのがBKFのような気がしたが、一応、駅前一等地じゃない? よっぽど値切れたのか、足元見たのか。まぁ、BKFもDNPと出版3社連合に首根っこ押えられて、今のままでは有り得ないと云うところか。

睡蓮

一方、空いたまま塞がらなかった高層階にはとうとう自治体自身が入居してマッチポンプを始めた。そのすぐ隣では沿線最後の大規模開発と称して、臭いものには全部蓋をして、とりあえず前段階の道路の付替えや共同溝などインフラの土木工事が始まっているが、腰が引けた(砕けた)デベの対応次第では壮大な絵に描いた餅っぷりが楽しめそうだ。

ムータルド(Moutarde)

英語で言えばマスタード、日本語なら洋からし。茹でたソーセージやサンドウィッチ、酢漬けや温野菜に不可欠な調味料で、フランス東部、ブルゴーニュの中心都市ディジョン(Dijon)製が有名。メーカー、種類共に極めて豊富なので一概には云えないが、辛味というよりは酸味や苦味、香味、塩、葡萄酒やヴィネガーが加わった独特の複合的な味わいを特徴とする練りもので、もちろん葡萄酒には最高に合う。左がオランダ向けのマスタードでレモン果汁入りで酸味が少し強い、中央は辛味、塩味が強く強練りタイプ、右はよくあるランシャンヌ(伝統的)タイプで種がそのまま入った穏やか風味のもの。

ムータルド

このムータルド、手前味噌の自社ブランド製らしく、近在の岡田屋では3倍以上する大手老舗マイユ(Maille)製に比べ、一瓶370gで138円と現地価格に近い値段で売られていて好ましい。昔はもっと大瓶があったのだが、いくたびにパッケージは小型化されて割高になり、売り場は縮小されて当たり障りのない商品に置き換えられていくのは世の常か。賞味期限が切れそうなものを8~9割引きで叩き売ってもまったく捌けないのでは致し方ないし、同情もする。ハード・パン、チーズ、葡萄酒、焼鳥(一羽のやつ)あたりは選択肢が豊富でかつ安価と重宝していたのに、鶏を焼いている調理人をシェフみたいな帽子と白衣で指導する、物腰がちょっと目を引くフランス人の年増お姉さんも、いつの間にか姿を消していた。弟が官房長官になったら何とかテコ入れしてくれや。

エビチリ ― 乾焼蝦仁(ガン・シャオ・シャー・レン)風

調理時間:下拵え30分+調理10分

21/25サイズ、養殖輸入冷凍牛海老、殻付無頭という最も安価で何一つ語ることのない素材を一人前100~150gほど。以下、量は海老約300gに対して。尾を除いて殻を剥く以外の下拵えは前回の乾焼明蝦と原則同じ。ただし、海老が臭いので塩の代わりに醤油を用い、五香粉を5g加え、規定の下拵えを施して一晩冷蔵庫で寝かしている。海老に限らず何でもそうだが、味付けのポイントは素材の水分をきちんと抜いてから調味料を入れることにある。事前に素材の水分を抜いておくことで後から入れる調味料やうまみ成分が素材の中に素直に浸透し、結果として少量でも味が引き締まる。

ソースも乾焼明蝦に準ずる。ただし、砂糖の代わりに30~45mlほど酒醸(ジュウニャン)を用いる。酒醸は東丸の既製品を用いてもよいが、けっこういい値段だし作ったほうが旨い。もち米は一晩水に漬ける。同時に米麹一欠片20gほどと酒(純米・アル添可)100ml、砂糖15g、薄力粉15gを合わせ、温かい場所(ただし40℃以下)で半日ほど醗酵させておく。米麹は大手スーパーなら必ず扱っている伊勢惣の乾燥麹「みやここうじ」300円程度でOK。翌日、もち米は水を切って強火で15分ほど柔らかくなるまで(粽と同程度)蒸し上げる。味見と称して摘んでいると、けっこうおいしくてご飯代わりになってしまうので調子に乗らないように。もち米が冷めたら適量(写真は300gほど)取ってタッパに入れ、そこに前述の麹を醗酵させた液を流し込む。よく掻き混ぜて蓋をして常温で放置。表面に麹菌が繁殖し、もち米が水分を吸ってポソポソ立ってきたら適当に上下を攪拌し、水分が足りないようだったら酒を足す。2~3日してもち米が崩れ、溶けて白濁してきたら出来上がり。舐めてみればわかるが、コクのある甘酒のようなもの。保存は冷蔵庫、ないしは小分けして冷凍も可能。

酒醸

殻を剥いているので海老の油通し時間は更に切り詰めたほうがよい。中華鍋にたっぷり油を張ったら、下拵えした海老を一尾ずつ油に落とし、150℃を下回る程度で20~30秒、くっつかないように隔離しながら、薄っすら色が付き始めたらさっさとジャーレンに上げ余熱込みで6割程度火を通す。すぐに鍋の油を入れ替えて、50mlの植物油を加熱し、発煙したら弱火にして豆板辣醤30g強をじっくりと30秒ほど炒める。辛くしたい場合は泡辣淑でも加えてね。香り立ったら、大蒜、生姜、葱みじん切りを加え10秒ほど更に香りを立て、強火にして鍋肌に100℃のスープ100ml、醤油10ml、老酒30ml、酒醸45gで味を調え、味見をしたら海老を戻し、数回鍋を煽り、てれてれと水溶き片栗粉を撒いてとじる。更に30秒ほど火を入れて片栗を固め鍋肌に化粧油を施し、ぐつぐつ油が浮いたら火を止め、香菜を散らし、黒酢10mlを回しかけて一煽りして完了。スープを入れてから火を止めるまでは1分以内で手早く流す。

乾焼明蝦に比べればはるかに海老特有の旨味に欠けるが、くどくなく圧倒的に食べ易い。ちょいとつゆが多過ぎだが、酒醸のサッパリした甘味も非常に品がよく、弾力ある瑞々しい海老肉の食感と仄かな旨味を邪魔しない。お世辞にも上質とは云えない食材でも食べれてしまう中国料理の懐の深さに感服。海老は直径5~6cmほどで、生のときとほとんど大きさは変わらない。6匹も食べればうんざりしてくる。酒はキレのある薄いラガー系のビール一択だろう。

乾焼蝦仁

豆板醤の代わりにケチャップ、酒醸の代わりに砂糖を用い、予め調味料や薬味を合わせ余計な香りを排除して甘酸っぱく仕上げたものを「エビチリ」と呼び、高級中華から場末の居酒屋までデファクト・スタンダードとして広く普及している。帰化人陳建民の創作料理と云われるが、情報も材料もつつがなくいき渡った現在においても中華料理の代名詞として手厚く信仰されている。実際、広東や上海、台湾の日本人向け高級店では逆輸入もされて、「さすが本場は違うわ」などと訪れるグルメな老若男女の舌を唸らせている(実際にこの目で見て味わった本当の話)。ちなみにアメリカ'sで一般的に広く使われる調味料であるケチャップは、市井の一庶民として当然所有している。カゴメ・デルモンテ製、賞味期限が2001年の300gもので、1990年代後半にスーパーの安売り100円で買ったもの。開封したのが2005年くらい。以後冷蔵庫で少しずつ量を減らしつつもまだ5割ほどが残っている。熟成が進み、トマトの酸味は薄れ、色は黒ずんでくるがマッタリと濃厚で旨味は増えているかもしれない。使い切るまであと5年は掛かりそうだが、何の問題もなくそのまま使えるのだろう。科学の勝利に乾杯。


2009/07/14 作成__2009/07/15 最終更新