雨季寸前


大蒜が往生。主目的は葉にあったのだが、肝心の葉が枯れてきたので球根を収穫。冬植えのせいか大きくならない。本来は9月に植えるものらしい。一月ほど乾燥させて食う。ほとんど手間要らず、虫も付かないし簡単なので、次回はたんまり肥料を遣って、地植えで数を増やそう。

大蒜

青椒肉絲

昔、桜田通り沿いにあったタイ料理店で昼食をよく摂った。薄暗い地下への階段を下りていくとビンビンに効いたエアコンの冷気に包まれる。ほとんど冷蔵庫。ピンク色のココナッツカレーやタマリンドとレモングラスたっぷりのグリーンカレーも定番だったが、それ以上によく食べたのが“豚肉(鶏肉)と青唐辛子のバジル風味炒め”。細切りピーマンの代わりに青唐辛子と獅子唐の中間ぐらいのものがそのまま山盛り。生バジルを加え、ナンプラーとオイスターソース、醤油で炒めたもの。腕を擦りながらしばらく待つ。運ばれた料理がテーブルに置かれると目がチカチカする。「ウォ、来るね~」「さぁて、そろそろいきますかぁ」等とほざいて、山盛りの飯とともに意を決し、ひたすら無言で一心に食べる。初心者は一口食って吐き出したりして見苦しいので「カレーでも食っておけ」と予め云い含めておく必要がある(注:カレーの方がもっと辛いが短期的な口当たりは良い)。滲み出る汗を抑え、持参の団扇で扇ぐ。辛さが口内で爆発する前に押し込んでしまわないと完食できないという、今思い出しても痛快な料理であった。そこまではまだ序の口。メインイベントは30分後にやって来る。ん? お? お~~~! 胃が燃え上がる。ホラホラ、他人に迷惑を掛けちゃいけないよと1国の横断歩道で蹲る奴を引き摺る。数人でいくと必ず遭難者や行方不明者が出て、午後の仕事に支障をきたすという破壊ッぷりにワクワクして、懲りずに足が向いたものだ。

東アジアだけでなくタイやマレーシアなどにも材料レベルでは似た料理がある。青椒の部分は植物学的には同類であるトウガラシ類の未熟な果実全般が用いられるようだ。すべての材料を同じ大きさの糸状に切り揃え、理に適った下処理を施すのは中国料理の中国料理たる所以だろう。ご多分に漏れず、現代ではさまざまな食い物、或いは料理がこの名を共有している。

i)本格中華を家で簡単に楽しむ

「~の素」等として「麻婆豆腐」や「回鍋肉」とともにシリーズ化され、食品加工会社が提供するレトルト・パウチ状のもの、或いは冷食。外食産業系チェーンで供されるものも同類と推察される。コンシューマ向け商品は肉、あるいはピーマンのみを準備することで簡便に本格中華が味わえると堂々のアピール。誰もが知っているわが国を代表する一流企業のキャッチフレーズである。本格名菜に間違いなどあろうはずがない。有機化学と食品化学の粋を尽くした各種調味料と多糖類による甘辛く濃い味付けが特徴で、お野菜がたっぷりとれて、ご飯も進む。オシャレでヘルシー、尚且つ腹持ちが良く、旨甘味たっぷりで子供から老人まで誰もが望む明快な味付け、安全で安心という国民的な要求に合致したもの。カラメルによる醤油風の色付けで、出来上がりは濃褐色を呈することが多いが、豚肉を使っても牛赤身肉のように見えるという、見栄と見映えにも配慮した至れり尽くせりの夢の食材である。レシピは懇切丁寧に箱に書かれているので無駄な手間も掛からない。かなり甘いが、原材料名のトップに砂糖が来ないよう、多糖類は砂糖、ブドウ糖、水飴、人工甘味料等に構成を上手く分散させるなどの配慮も嬉しい。予想以上に広範に普及しており、我が国における“チンジャオロース”のリファレンスと云っても過言ではない。

ii)街の中華屋で味わう

街の中華料理店(ラーメン、焼餃子、炒飯、丼ものなどを主力とする業態)で、メニューの端っこや後ろのほう、或いは壁短冊ポップなどで定食化されて供される“チンジャオロース”。ロース肉かどうかは知らんが、ほぼ100%牛肉を用いるので“青椒牛肉絲”というべきだろう。更に(iii)の手法を大幅に簡便化して、下拵えした肉(稀に生肉そのまま)、筍、ピーマンを大蒜と葱でいきなり炒め始めるので、“青椒炒牛肉絲”と呼んだほうが良いように思う。牛肉を使うので概ね肉量は極小で、“回鍋肉”と同様に野菜料理としか思えない身体に優しい外観を呈することが多い。味付けは醤油、砂糖、オイスターソースで広東風に仕上げられる場合と、黒褐色の業務用“青椒肉絲の素”でちゃちゃっとするだけの場合があり、店によって白っぽいものから褐色まで大きな巾がある。また、“中華”のイメージを壊さぬようしっかりと大蒜臭を漂わせるテクニックも小気味よい。料理人の趣向や客層によって、甘辛さ加減は(i)に近いもの、(iii)に近いものとこれまた巾が大きいが、麒麟麦酒のガラスのコップで水が出てくるような昭和30年代風の古臭い中華店ではあっさり目、今風のオシャレーに気取って誰も鍋を振らないダイニング・バーではデファクト・スタンダードである濃厚煮込み風が供されることが多い。稀に具材形状が(わざと)糸状でない“青椒肉片”を供する店もあって驚くが、その類稀な創造性を心から称賛し顔には出さないのが大人の嗜み。

iii)古の伝統的中華のおもひで

調理時間:15分

戦後、日本に帰化し、四川料理と日本料理の狭間に折衷した独自の創作料理を作り上げ、リファレンスとして広く普及させた陳建民による換骨奪胎“青椒肉絲”。100%牛肉を使うので“青椒牛肉絲(チンジャオニウロウスー)”とすべきか。本人の発案なのかNHKのディレクターの強要なのかは不詳だが、“合わせ調味料”などといった手法も恐らく日本料理にある形を踏襲して受け入れ易いように応用された技法なのだろう。それを企業化したものが「~の素」として後に繁栄を極めることになる。四川料理の“青椒肉絲”が原型であるが、牛肉を用い、戦後アメリカから導入された辛くないピーマンに和食でもお馴染みの筍を加え、当時の日本で既に受け入れられる素地があった広東風のあっさりとした味付けにして提供された。

参考動画:横須賀? の中華店:これはうまそう。若い割りには配慮があって良いね。揚げたカレイも旨そうだな。

以下2人前。牛肉200gはわざわざ選んだ赤身のバラ塊を5mm角、l=100mm程度(ピーマンの長さ)に細切り。煮込み用の安価なものでかまわない。そのまま焼くとタンパク質の熱変性で硬化収縮して旨味が流出するだけなので、筋を断ち切るように(上質の肉なら筋に沿って)細切りにして、ボールで塩、胡椒、老酒で下味、水10mlを加え、溶き玉子1/3個をよく揉み込む。肉が水分を吸ったら片栗粉20gで肉に皮膜を作る。水を少量加えることで硬く脂のない肉にしっとり感が加わるというあたりには目を開かされた。最後に胡麻油を垂らして操作性を増す。15分ほど馴染ませる間に筍とピーマン(青3、赤0.5、黄0.5)を細切りにする。肉はたっぷりの油を用い、低温(150℃くらい)でほぐしながら1分ほど揚げる。揚げるときは左手で具材を掴んで、指から垂れた具材を油に着けながら油の1cmくらい上でそっと放す。たまに指先が油に触れるが、「うぉちっ」と瞬間だからどうということはない。肉に8割方火が通って白っぽくなったらジャーレンに上げておく。続いて油温を180℃に上げて筍水煮100gを10秒油通し。ジャーレンに上げ、何度か揺すってよく油を切る。本来ならばピーマンも油通しするのだが、経験的に極短時間の処理は難しく、失敗すると目も当てられないので以降の炒め工程で処理する。

陳建民風・all油通し

予め準備した生姜みじん切り、葱みじん切りの順に油で炒め、香りが立ったら強火。オイスターソース15ml、醤油10ml、老酒30ml、スープ+水70ml、胡椒を逐次投入、瞬間的に煮立つのですぐに水溶き片栗粉30mlで薄くトロミをつける。空かさず肉、筍を鍋に戻し、ピーマンを一気に投入する。焦がさないように強火のまま調味液を絡めるように鍋を煽り、15秒で胡麻油をテレッと垂らして一、二、三煽り、火を止める。細切りピーマンを油通しした場合は鍋に具材を戻す直前、お玉で湯を2、3回掛けて油切りするとしつこさが減る。その場合は具材温が下がるので最後の炒め工程を+15秒ほど延長する必要がある。オイスターソースには概ね50%程度多糖類が含まれているので、特に甘いのが好みでなければ、敢えて砂糖を追加する必要はないでしょう。ピンキリだが、国産なら富士の黒缶、定番なら元祖李錦記赤缶あたりが順当。

陳建民風・青椒のみ炒め

具材の形状を揃えることで同時に口にした素材の違いによる舌触り、食感の妙を愉しむ。細切りにしているのであっさりとした薄味でも味が隅々までよく回っている。肉は嘘のように柔らかく旨味を湛えて肉汁が溢れる。衣を付けて軽く揚げることになる肉は炒め牛肉特有の黒っぽい色にはならない。逆にツマラナイ誤解を避けるため、敢えて玉子を使わずに油通しする可能性はあるだろう。筍は瞬間的な油通しで水分が封じ込められ鮮明な歯触りをもたらす。単なるご飯のおかずの“炒めもの”に堕した(ii)とはまったく異なる味わいにして酒の摘み。制服着た給仕人がオーダーを取りに来る店で、一皿(2人前)2000円~くらいなら概ねハズレはないとは思うが、最近は“何でも有り”の世の中だから確認したほうがよいだろう。周囲の空気を読む必要はあるが、訊けばきちんと答えてくれる料理店の料理はやはりおいしいものだ。筍を規定の長さと太さに切るのはかなり歩止まりが悪く、だからといって中心部の鋸状部分を加えると見映えはよくない。筍は細切り既製品を使ったほうがよいだろう。ピーマンは長手に切ると甘く、横に切ると特有の苦味を湛えた本来の味が出る。こちらも形状を揃えようとすると歩止まりが悪く、頭や尻尾ははねてスープにでもするしかない。薬味は生姜と葱くらいなので、中国料理に慣れた口からすると極めて大人しいが、万人に受け入れられる味だと思う。

おまけスープ

iv)異国情緒溢れる田舎料理に悶絶

調理時間:15分

ようやく“青椒肉絲(チンジャオロウスー)”に辿り着くのか? 本格中華を食べ慣れたグルメ人から見ればド田舎の垢抜けない料理。特記なき“肉”は自動的に猪肉(=豚肉)を指し、青椒はピーマンとは異なり大きく太った獅子唐のようなものを用い若干辛味がある。強いて言えば形状は万願寺唐辛子、味は大きくなった分辛味が薄まった青唐辛子? 入手不可能なので面倒だが従前に倣いピーマン(パプリカ)で代用している。筍は日本のローカル拡張なので用いない。作り方は(iii)に準ずるが、もちろん甘ったるいオイスターソースではなく豆板醤か醤油、又は塩を用いるのが四川料理(川菜)のアイデンティティのようだ。

豚モモ肉ブロックを5mm厚に削いで、更に5mm巾に刻んで糸状にする。下味は五香粉を加えるほかは牛肉と同じ。以降相違点は味付けのオイスターソース代わりに豆板醤15gと砂糖5gを使うだけ。ただし豆板醤は葱姜と共に中火で15秒ほど炒めて香りと辛味をしっかり引き出してから、老酒や醤油を加える。以降は同じく強火で一気に仕上げる。

四川風

これはこれでなかなか。十分においしく引けをとらない。安い豚赤身肉も柔らかく肉汁が溢れる。ピーマンとの食感の差異も鮮烈で潔いまでにストイックな味わいである。豆板醤の効果は絶大で、味の濃さと辣味は正に四川の風味にして青椒肉絲の正宗。老酒というよりはビールに最適な摘みになる。

正宗風動画:動画のセンスは最悪だが他に良い例がない。玉子で下拵えして油通ししているが、炒肉絲と表記されている。

残飯整理の花形炒飯(チャオファン)

調理時間:15分

一度として使うことがなかった機能が満載の電気炊飯器を廃棄して以来、飯は食べる分を鍋で炊くようになった。そのほうが早いし。結果的に残り飯が滅多に発生せず、それはそれで困ることもある。その典型が炒飯。月に数度⇒年に数回と食べる機会が極小化している。炒飯を食べるために米を炊くことはないので、残り物の処分という原則は変わらない。油を入れて炊いたり、硬めに炊いたりという事前操作は一切施さず、普通に食べる白米として炊いた飯を用いる。唯一の配慮は余った飯を一晩放置すること。そのまま食べることができる程度に表面の水分だけが適当に飛んで丁度良い按配である。使用米の栽培品種は粘らず、冷めても食えるササニシキ。ひとめぼれへの転換が進み今や風前の灯状態で入手にはそれなりに苦労する。

残り飯は調理一回分を予め皿に取る。冷蔵したものは自然に常温に戻す。常温であれば事前に温める必要はないし、その手段もない。電子レンジを使うことで料理がよりおいしくなった経験がないので、5年ほど前に壊れて以来必要としなくなった。電子レンジの存在意義はあくまで業務用としての使いこなしにあると思う。飯を予め分割しておくのは、以降の作業の迅速化を計り、量を勘案して調味料の目安をはじくため。概ね1人前1合といったところ。外食を基準にするならば大盛~特盛である。中華鍋の大きさ、重量、コンロ面の高さ、左手の握力、腕力からしてこのあたりが限界。

具材を適当に準備する。ブロックベーコンと搾菜は6mm角直方体にみじん切り。長葱0.5本もみじん切り、香味野菜は生姜みじん切り2.5g、顆粒鶏がらスープ5gほど、玉子1.5個は溶いておく。塩、胡椒の最適配置も忘れずに。強火で中華鍋を空焼きし、白い煙が出たら鍋底面に直径10cmほどの油面ができる程度にラード70%+キャノーラ30%を入れ、適度に鍋肌に油を廻しながら発煙するまで熱する。油面の中心に溶き玉子を入れる(スタート)。瞬間的に浮いた玉子が半生になって丸く広がるので、その中心に直ちに白米を投入(3秒)。いよっと玉子と飯の上下を入れ替えて、お玉で切るように玉子と飯をほぐす。塊が小さくなると逃げるので、今度はお玉の底を押し付けるようにして飯粒を潰さず小塊を潰す(30秒)。飯がばらけて火が通ったら生姜みじん切り、匂い立ったら顆粒スープの素、間を空けず肉、搾菜、葱を入れて飯に混ぜ込んでいく(45秒)。塩2.5g、胡椒の順に調味(50秒)。調味料が均等に行き渡るようお玉で押しながら鍋を煽り、必ず味見をする(60秒)。OKならば水分を飛ばしつつ15秒ほど鍋を煽り最後の仕上げ。火を止める(75秒)。好みで醤油を垂らしてもよいが最近はしない。煽りながらお玉に炒飯をまとめるような技能はないので、普通に寄せて皿に盛る。必要ならば同じ作業を忠実に繰り返して、人数分を作る。()時間は強火の出力が8000kcal(9.3kWh)の場合。max.4000kcal(4.65kWh)のガスコンロや3.0kWhのIH(熱効率をガス:55%、IH:80%で換算)ならば、時間をほぼ倍にみればよいと思われるが試したことはない。

炒飯

皿は直径26cm。大きな器に小さく盛りつけると品良く感じるが、小さな器に、器が見えなくなるくらいてんこ盛りに盛り付けるのが本来の中国風のおもてなし。量を抑えなくてはならない外食店だと仏飯のように器が極小化していくのが面白いが、食い難いじゃないか。目指すところはポソポソではなくパラパラだが、米芯には水分が残り油っぽさが後に残らない、米粒一粒が玉子ではなく油でコーティングされて、玉子がしっとりと絡み付き、色は米の白さをあくまでも失わないといった按配。成功するのは3回に一度といったところか。

炒飯部分

火力云々に関しては、熱源に応じた必要な火力を用意するか、火力に合わせた料理手法をとればよいだけなので大きな問題ではない。プロと素人の最大の差は、火が怖い、油が怖いで思い切りが悪いということにつきる。政策も後押ししている。IHへの対抗なのか自殺行為なのか理解に苦しむが、経産省の肝いりで平成20年4月(業界自主規制、10月から法規制、猶予1年)以降、家庭用ガスコンロ(卓上一口を除く)には250℃リミッターを目玉に各種安全装置の搭載が義務付けられたので、そのままでは250~350℃を多用する中国料理を作ることはできなくなった。油が発煙する程度の温度で弁が閉じて火が止まるはず。外で食うか冷食をチンして食えということなのだろう。もっとも、五徳の中央に突き出て鍋底に接触する温度センサーを機能しなくすればよいのだが、メンテ性や耐久性に乏しく高価な家庭用コンロに固執するよりも、業務用コンロ(or IH:ただし現在評価中)に入れ替えることで簡便かつ合法的に回避できる。


2009/05/31 作成__2009/06/02 最終更新