通り雨


本鱒(桜鱒)を賞味。腹身。ピンクがかった鮮紅色が淡白く霞む。脂がのっているが養殖鮭類特有の変な臭みがまったくない、すばらしく肌理の細かい身肉。口中でしっとりと蕩ける鮭類特有の薫るような旨味に酢飯がサッパリと際立って、病み付きになるモノを持っている。4月に食えず今年はハズレ年かと嘆いていたが、ようやくありつけた。頑なにサーモン類を出さない店だが春の桜鱒だけは握ってくれる。今年は不漁が続いているらしいが、1年に一度は食べたいものの一つ。来月になれば三陸から北海道沖の時鮭も出回るが、去年が当たり年だったから今年は期待できないだろう。こちらは自分で買って一旦凍らせて解凍し刺身で食う。そろそろ勝浦に揚がる鰹が最盛期。大きなものは市場に行かないと手に入らないが、末端小売でも小振りながらもきっちりと盛り上がった背身は薫る。分厚く削いで簡素に生姜+青葱+煮切り。相変わらず小売はまず見かけないが、車海老も豊漁らしい。茹でて頭を取った身肉20cmの特大を握ってもらうが一口では食えんよ。みっしりとした分厚い身肉のボリュームと味噌の旨味が合わさって、心置きなく海老を食ったという気になる。思ったより繊細な風味で酢が甘味を引き立ててキレがある。正に鮨の醍醐味といえよう。店を出ると、陽は出ているのに驟雨。

cheese

年々激しく陳腐化するクレジットカードのポイント賞品に嫌気が差して、今年からはネットショップのポイントに移行してみた。弛みなく漸増し続ける独占ボッタクリ公共料金をカード払いにするとけっこう溜まるもの。カードにも依るだろうが、今は楽天系とYahoo系に同額でポイント移行ができるようだ。ネットショップの食品類、特にグルメな生鮮モノやでっち上げブランド類はあまりにもボッタクリが酷すぎて滑稽この上ないが、業務モノなんぞは目を開かせるものがなくもない。さっそくポイントを在庫切れの硬質チーズに変換。毎度お馴染みパルマないしはレッジャ産のパルメザン・チーズ(以下PL)と、ローマの羊乳チーズ(以下PR)にちっとも割安感がないので、ついフラフラとケチ臭くポー川流域産のチーズ(以下GP)を各々1kgずつ。熟成期間が長いものほど濃厚だが当然高価なので、買えるのは24ヶ月の業務用ぐらいがせいぜい。硬質チーズ(非加熱チーズ全体といってもいい)は同品質のものを国内では作っていない(技術的にできない、あるいは趣味的で高価過ぎ)のに、国内産業保護を名目に法外な関税や課徴金が掛かっており、ユーロ安、原油安とはいえちっとも価格が下がらない。まぁ、バターも“然り”、小麦も“然り”、米も“然り”ということで、中抜き機構だけが隆盛していくという構図を見れば、根幹を成す何か根本的なことが間違っているのだろう。

簡単リングイーネ・あっら・カルボナーラ

調理時間20分

糖類を添加していないパンチェッタ(Pancetta)が手に入ったので、せっかくだから簡素にチーズ味パスタの代表であると解釈している“在所風炭焼き人のリングイーネ”にしてみた。オリジナルはラッツィオだろうが解釈は自己流である。1年半ぶりくらい。久々。自家製、既製を問わず、パンチェッタも在所まで滞りなく普及し、今やベーコンで代用する意義も根拠も失われた。更にベーコンは燻製独特の強い匂いをしっかり保持しているため、PLの香りと喧嘩して尚、それを上まってしまうという点で適さないと考えている。主役である硬質チーズはPLとGPを50%ずつ、1人前100g弱を摩り下ろしておく。香りが飛ばないよう下ろすのは使う直前。手を一緒に摩り下ろすとこれがまた痛いんだな。嫌になって摘み食いで量を減らしたり、小塊が混じったりするが気にしない。オレが食うんだもの。概ね10分を要するので、適宜手の掛からない並行作業を進めておこう。ここで材量をケチったり代用すると確実に味が落ちる、というよりもやる気が出ないので、そういう場合は蕎麦でも食おうよ。

常温に放置した卵は卵黄1個に全卵1個を加えた。卵はよく溶いて白身を切って、熱容量の小さなSUSボールで下ろしたチーズと合わせておく。匂いが飛ぶので、この時点でチーズと掻き混ぜてはいけない。玉子は別として、原則として生卵(半生含む)を食べない人間なので、卵の質に関しては拘りの抹消な欠片すら一切ない。ないないないったらない。殻がぺらぺらの1パック10個で33円やら7円(1円の日もあったが今日は10円)で投売りしている出所不明無選別卵と、フランスIsa社が開発製造したイザ・ブラウン鶏が産む立派な赤玉を比べるならば、より卵臭くない前者がかえって好みというくらい。安上がり。

麺は在所にもよく普及しているデ・チェコのNo.8、リングイーネ・ピッコレ平行輸入品。178円/500gの1/4~1/3が私の一人前。いつも目分量、というか手分量。計ったことはない。塩分濃度高め、1.5%塩水でアルデンテより若干柔らかく、芯が無くなる寸前まで茹で上げる。麺形状にも因るが以降は温度を下げる工程しかないので、アルデンテより若干硬めになんて格好付けると芯入りパスタを食う羽目になる。それは飯抜きものの取り返しがつかない愚行。パンチェッタは豚バラ肉の塩漬け。パンチェッタを冷燻したものをベーコンといい、共に加熱処理されていない透き通るような透明感を持った鮮やかな深赤色が特徴の長期保存肉である。今回のパンチェッタは薄く削がれていたので、油なしで1人前50gをそのままフライパンで炒めた。炒め過ぎると硬くなるだけで肉の旨味が出てしまうので程々に。麺の茹で上がりに合わせて数分弱火で、脂がパンの底一面に広がったら火を止め、茹で汁を45ml程度流し入れ、塩水と脂の混濁状態を作ると同時にパンの温度を100℃に落とす。一呼吸置いてざっと湯を切った麺を和える。軽く混ぜたら(85℃)すぐにチーズと卵のボールに移し、ざっくりと大雑把に手早く掻き混ぜる(70℃弱≒卵の凝固温度ぎりぎり)。SUSボールへの熱伝導に加え、チーズをケチらなければ熱はチーズが溶けることに吸収されて、たいした配慮もなくねっとりとしたソースが実に簡単にできる。チーズの塊が溶け切らないことはあるが、卵が固まるなんて有り得ない現象。ここで味見をしてもよいが、パンチェッタが塩辛いので麺+チーズは多少薄いくらいでかまわない。経験的に塩を加えたことはない。直ちに器に盛りつけ、挽きたての黒胡椒をたっぷりとまぶす。冷えないように器を事前に温めておくと尚良い。ここまで麺茹で上りから1分以内。冷えると当然チーズが固まるので、さっさと食べる。

Carbo

麺67+肉200+チーズ300+α≒600円くらいと素人調理としては材料原価は破格に高い。いや、正確に言えばハヤシライスの次に高い。36ヶ月ものを使うとハヤシライスとどっこいか。これ以上、足すものも引くものもないが、料理としては、所詮、パスタ。そのパスタの中でもレシピなんて在って無いような、冷蔵庫要らず鮮度管理不要な炭焼き職人の現場簡易食かアメリカ人が持ち込んだ卵のパスタが高価とは理不尽極まりない。

芳醇な旨味と仄かな酸味のPLに対し、GPは安価な分、多少サッパリと簡素なチーズ風味を与える。羊乳から作るPRのように癖もないので非常に使い易い。しつこ過ぎず、くど過ぎず。卵の割合も丁度良い按配だった。季節柄もあるだろうが、濃過ぎると飽きるんだな。チーズもさることながら、パンチェッタの香りと旨味が素晴らしく豊穣である。豚肉の肉としての香りと味がストレートに伝わる。ケチらず一皿100gにすべきであった。うん、このパンチェッタなら200gとPLと重いサン・ジョベーゼでご飯代わりにしてもいい。一方で、麺、塩、卵、パンチェッタ(or グアンチャーレ)、硬質チーズ、黒胡椒だけの饗宴は、総体として大味。単純明解だが繊細とは無縁の愚直でのっぺりした味。どうにもお子様向けで酒には合わない。ロゼで作ったピンクのサングリアなら合いそうだな。飲めない昼飯に人目を憚ってコソコソ食うのには適しているが、腹は膨れ胸が焼け後に残る。それはたぶん、どんなにおいしいチーズにも忌まわしい記憶がこっそりと隠れ忍んでいることにあるのかもしれない。あの生温くベシャベシャの異種動物の体液だった頃の獣の臭いと乳臭さ。その残滓が拭っても拭いきれない遺伝子レベルの悲しい記憶として顕在化する。食べているうちに段々とフォークの動きが緩慢になる。…ぁぁ……、量が…多…過ぎるの……か。

四川涼面(リャンミャン)試作四題

日本語で書けば“冷麺”と同義だが、朝鮮の“冷麺”や、仙台発祥とされる和食“冷やし中華”とは異なって、食事の最後に米飯代わりに供される安価な小椀的なものがすこぶる好みで、是非腹いっぱい食ってみたいという欲望を率直に具現化したもの。

具は棒棒鶏(バンバンジー)、そぼろ肉、緑豆もやし、胡瓜、芽菜、搾菜、筍、落花生等木の実類、胡麻、葱、香菜を細かく刻んだもの。汁は担担面のように醤油、胡麻油、黒香酢、黄酒又は白酒あたりが基本で表面からは見えない。八角やサンザシで香り付けをしている場合もある。強烈な味付けの豆板醤、花椒、唐辛子、生姜は四川風のお約束。更にトッピングにざらっとした砂糖かザラメを小さなスプーンで5gくらい。以上を器の中でよく和えて食べる和え麺の一種であろう。担担面が温かいのに対し、ほぼ稲庭うどん程度の細面はぬるく冷えているが日本の冷麺のようにキンキンに冷えてはいない。

◇ 試作甲

調理時間20分

取敢えずは、試作の試作のようなもの。味付けの基本になるスープ本体の構成の解明と、組み合わせる具の入手性、味、スープとの調和を考察し、適材を決めてみようという試み。 器に醤油10ml、老酒15ml、黒酢15ml、辣油15ml、練り胡麻15g、砂糖5gでスープとしてみた。具は鶏胸肉、搾菜、胡桃を泡辣椒、豆板醤、生姜で炒めたものに、胡瓜、パセリ、青葱を添えた。乾煎りして潰した花椒をトッピングしている。たまたま暑い日で、麺もスープもなるべく冷たいものを食べたかったので砂糖は上掛けにせずつゆによく溶いている。

四川涼面甲

◇ 試作乙

調理時間20分

前回のスープから練り胡麻を外し、代わりに擂り胡麻をトッピングしている。具は豚もも肉の煮豚短冊切り、湯掻いた筍水煮、玉葱、葱、パセリ、レモン。トッピングは擂り胡麻に加え花椒、クコの実。甘酸っぱくて口当たりは良いが、豆板醤を外したせいか締りがない。胡麻が多いと担担面のようでコクが強過ぎるようにも思う。

四川涼面乙

◇ 試作丙

調理時間25分

スープは概ね決まってきたので今回は具を整理してみた。煎ったピーナツ、袋茸水煮、蕪の泡菜、泡辣椒、豚バラ薄切り肉の豆板醤+葱姜蒜炒め、搾菜、香菜に、煎り胡麻、花椒をトッピングした。

四川涼面丙

やはり、甲乙の最大の欠陥は麺であろう。“中華麺”を使う限り“面”にはならない。そこでいちばん似ていそうな饂飩を利用。細目の乾麺を使ってみた。冷麦でもよいがちょっと細過ぎて、すぐに伸びそう。腰は重要視しないのだろうが、歯応えがあるほうが好みなので、表面がつるつるで腰が強い細麺を選んでいる。残念ながら“面”は国内では既製品が製造されていない模様で、私が食べたのは極一部の中国料理店向けに製造されている数少ない特注仕様品だったか、現地買い付け輸入品だったようだ。食べるときはグチャグチャに混ぜて食う。麻辣が際立つ。うむうむ。こんなもんかな。

丙混ぜ混ぜ

◇ 試作丁

調理時間 炸醤10分+本体20分

四川涼面丁

丙で味付けはほぼ完成したが気を良くして色気をだしてみた。ちょっくら一般性を狙って面を日本ローカルな中華麺に戻した。スープは老酒を30mlに増量、黒酢も気持ち多めに加えた。落花生は乾煎りして皮を剥かずそのまま。具は辛めの炸醤(牛挽肉と袋茸を豆板醤:甜麺醤=1:2、葱姜蒜、醤油、老酒できっちり炒めたもの)、胡瓜、香菜と簡素に。トッピングは煎り胡麻、花椒。漬物を使っていないためキレが薄いが、炸醤の甘辛味が効いて風味ともこれはこれで上手く調和した。好みだろうが、中華麺が細過ぎるせいか食感がちょっとうるさい。

丁混ぜ混ぜ

面の代わりに米粉(ビーフン)や春雨でも面白そうだ。麻辣味と甘味、塩味、酸味という欲張りな味付けに葱姜蒜+香菜+黒酢の香り、肉、ピーナツ、胡麻のコクと味覚と嗅覚を総動員して味わうが、これは病み付きになる。これを小椀扱いなんて勿体ない。堂々とメインディッシュに相応しい。


2009/05/14 作成__2009/05/14 最終更新