杉から桧へ


治まったかに見えた花粉がぶり返す中、青島ビールを飲みながら、四川涼面(四川風冷やしそば)を食っていたらフロア係り兼料理人のあんちゃんが辛いか? と聞くので、旨いけど辛くないと答えた。要辣! 要辣。遠慮しなくていいよ。てんこ盛りの香菜の匂い、その他エモイワレヌ複雑怪奇な匂いがしばらく体から抜けなくなった。

甜麺醤

酒屋系の業務スーパーでようやく甜麺醤を手に入れる。中国産で小麦を主体にした構成で0.9kgで480円(?くらい)だった。なんだよ? 0.9kgって(笑)。まぁ、妥当な値段は300円/kgだと思うが、甘味が少なくサッパリ・スッキリで、なるべくコクが薄いという条件を満たす甜麺醤を探すのは在所のせいもあり至難の業であった。原材料名を見ると一応小麦がトップに記載されている。米? 大豆? と疑問符は付くが糖類の記載順も後ろだし、実際甘くないし、酒精のアルコールっぽさも爽やか風味を強調していて値段の割りには気に入った。甘味とコクを期待すると大きく外すので要注意というほどのこともなく、誰も買わんか。

鯵刺し

調理なのか? 下拵え10分+薬味込2尾10分

鯵(アジ)といえば生で食うか、塩焼きぐらいしか使い道が無い駄魚にして雑魚の代表。ああ~、そうそう、いちばん旨いのはしっかり塩した天日干しの乾物だわ。小物がうまいと云われるが、新子じゃないんだから捌く身になってもらおう。20cmじゃ小さいが、30cmでは大き過ぎる。季節柄もよく、死後硬直中の高知産。丁度良い25cm強の真鯵(クロアジ)がごろごろ転がっていたのでヴィニル袋に放り込む。128円/尾。猫跨ぎなんぞどう考えたって100円だろうが、ちょっと大きいし、一見微妙な質の差をきちんと価格に反映してくる小売店なので、ふ~んとあまり考えずに買う。あまり考えずに買うので、買うときには“お、うまそ”と思っても、帰りつく頃には忘れている。

当面食いたくはないが放っておくと食えなくなるものの代名詞でもあるからして、仕方がない。痛、痛と悪態をつきながら、まずは全体をざっと水洗し、取敢えず頭を落とし、腸だけ出しておく。どうせ皮は剥ぐので鱗やぜいごを落とす必要はない。いつ獲れたのかは知らないが腸が硬く、まぁまぁ。腹子と白子は回収して軽く湯掻いて酒と醤油に漬け込む。腹腔内の中骨血合にも包丁を入れ、血を掻き出して流水で再度水洗し、汚れや血を流す。きれいになったらキッチンペーパーで水分を丁寧に拭き取って、ペーパーを腹腔に詰め、全体を別のペーパーでぴっちり包んでトレイに載せ、乾燥を防ぐためラップをきっちり張って冷蔵庫で放置。魚は鮮度が良ければ味が良いというわけでもなく、きちんと処置をして寝かせることで、余分な水分が抜けて身が締まり、個々の魚本来の味と身肉の旨味が増してくる。という辺りは鮨屋のあんちゃんの受け売り。青魚は概ね単価が安く、中間段階で手間を掛けられないため獲れたてを珍重する趣向が強いが、“鮮度の良さ”という概念は“獲れたて”を意味するものではない考えている。

冷蔵庫から取り出した鯵は温まらないように手早く捌く。普通に3枚下ろし。腹骨を削いだら、冷やした手で接触面積が最小になるように保持し、棘抜きで中骨を手早く抜く。俎板に裏返し、手で頭のほうからぜいごごと皮を剥いたら、適宜斜めに削ぎ切り。皿に盛るまで2分(半身の処理時間)といいたいところだが、3分くらい掛かるあたりは改善の余地がある。葱と卸し生姜を載せたら、食べる直前に煮切り醤油を適量回しかける。薬味はシンプルに。どのみちこの季節、紫蘇も茗荷もまだ芽すら出ていない。中骨は塩を振って少し乾かして、骨煎餅に。

ajisashi

まぁ、鯵の味がするわ。小田原や三浦半島で揚がり始めると本格的に旬だが、まだ脂乗りが薄く葱は邪魔だったか。夕方買って夜下拵え、翌昼捌いたが、身が少し硬く、もう4時間ほど置いたほうが味わい深いだろう。鮨屋で食う鯵の、あのちょっととろ~んとした口当たりと旨味、しっとり感、繊細さ、爽快さ、青さの絶妙なバランスを再現することは甚だ難しい。脂の乗り具合や太り具合を見極めて置かないといけないのだろうが、そこまでしないわな。鯵は所詮鯵だから。

カレーライス

調理時間30分

タマリンド包装

湿度は低いが夏のような陽気が続き、光と影のコントラストに目がしょぼしょぼするので、唐突にエスニック。タマリンドとココナッツを使った低緯度地風カレーにしてみた。タマリンド(Tamarind)は同名の樹木から採れる果肉をジャム状の直方体に固めたもの。暗赤褐色の塊454gパッケージが500円弱で売られている。今回は容量で2lくらいのカレーをこしらえるので、50g程度を毟り取り、ボールに張った水に漬けて指でぬちゃぬちゃほぐし、タマリンド・ジュースを1lほど作っておく。種や滓は手で絞って揚げたり煎ったりして食べるのでとっておく。ココナッツはその辺に生えていないので缶詰で我慢する。

タマリンド中身

準備

スターター・スパイスはクローブ、アジョワン・シード、月桂樹の葉、黒胡椒、マスタードの種、シナモンの欠片、赤唐辛子。スパイス量や種類は以下すべて適当としか云いようがない。その日の気分に合わせ薫らせるものだ。厚手の鍋で以上を100mlの植物油でじっくり炒め、香り立たせる。

調理

直径10cmほどの玉葱x2をみじん切りにして鍋に加え、中火で焦がさないようによく炒める。10分ほどガチャガチャ炒めると玉葱が茶色く色付く。欧風カレーを作っているわけではないので水分を飛ばせば十分。大蒜5、6粒、生姜30gほどをみじん切りにして加え、こちらも香り立たせる。トマト缶x2を加え水分を飛ばすようによく炒め、水分があらかた飛んだら、偶然在った鶏手羽中を加え鍋肌に押し付けて焼く。鶏ではなく生きた海老、死んで1日ほど置いた南洋白身魚のブツ切りなどにすると、より本格的。今回はおまけにマッシュルームも加えている。各工程で水分を飛ばすのは鍋内の具材類を100℃以上にして、具材の味や風味を一気に固着させるため。すなわち“炒める”ということ。水や酒が残っていると気化熱の損失が終わらない限り具材は100℃以上にならず、“煮る”のと同じ状態が続き、水を媒介に具材の旨味や風味が具材外に流失することになる。最初に多いかなと思うぐらい油を入れるのは焦げ付かせないため。

マサラ途上

ここからは煮る工程。中押しスパイスはいつものターメリック、カイエンヌ・ペッパーに、予め準備しておいたタマリンド・ジュース、ココナッツ・ミルクの液体分(1缶400gの半量ほど)を加え、水を加え全体量を調整し、塩のみで調味し吟味してここで味を決めてしまう。強火で煮立てながら、辛味やスパイスの不足を調整する。灰汁も味のうちなので灰汁を取る必要はない。ここまでくれば終わったようなもの。この間に、仕上げ用香り付けスパイスとして、クミン、コリアンダー、緑カルダモン、フェンネルを乾煎りして、擂粉木で破砕しておく。似たようなものだが、ガラム・マサラを加えてもよい。

ガラム・マサラ

鍋底が焦げないようにときおり掻き混ぜ、10分ほど煮込んで味を馴染ませたら火を弱め、ココナッツ・ミルクの固形分をゆっくり溶いて分離しないようによく混ぜる。ココナッツを入れたら沸騰しないよう注意。煮込み過ぎも肉が硬くなるし、スパイスが飛ぶので厳禁。もちろん日々の食事であるから、無意味な拘りも不要にして滑稽。たかがカレー、されどカレーである。少なくともスタートから30分程度で仕上る。仕上げスパイスを入れたら火を止めて、米飯を盛った器にコリアンダーの葉をトッピングして、鳥瞰比率6:4になるようカレーをたっぷり回しかける。個人的には6:4に掛けて飯が半分残りカレーが先に無くなるので同量を増量するのが常である。

考察

カレーライス

北インドやイスラム風の乳清入りカレーが小麦に合うのに比べ、タマリンドの酸味、ココナッツの青臭い甘味、コリアンダーの葉の甘ったるい香味はさっぱりとして米飯に合う。カレーは粘度が低いので米の粒が際立つ。この差異が鮮烈な食感として重要なので、もちろん米は硬めに炊き、量は少な目でよい。付け合わせは好みでマンゴー・チャツネやアチャール、生のバナナの類がよいだろう。残念ながらカレーに合う酒はない。いっそのこと休肝日にするか水代わりに薄いビールで誤魔化すのが無難だろう。残りは翌日各種豆を追加して、ダール・カレーになる。ひよこ豆、ムングダールや緑豆等をダバダバと手掴みして放り込み、煮立てたら飛んでしまったスパイスを十分に補充する。微妙に種類を変えて匂付けスパイスを追加するとまた別の味が愉しめる。手羽中を入れているので若干コクが出てしまっているが、本来は適切な塩味のみで過剰なコクは不要だろう。

ハヤシライス

調理時間30分

燦々と降り注ぐ午前の爽やかな日差しを浴びながら、エスカルゴを摘みにビールを嗜みつつハヤシライスを食べていると“昼間ッからお酒なんて”攻撃を浴びてしまうご時世ですが、しからば、ハッシュドビーフを日本風にアレンジした所謂“洋食”を自ら作るのも愉しいというもの。

準備

肉は黒毛和牛、薄切りに限る。すき焼き用やしゃぶしゃぶ用として売られているものでもよい。毎日食べるわけじゃないので、まっとうな肉屋に赴き、見た目美しく差しが入った可能な限り良い肉を選ぶべきである。1人前で150g、予備を見込んで250g程度は必要だろう。具は玉葱は必須としても、茸類を加える程度で必要なものは意外に少ない。ハッシュドビーフはデミグラス・ソースを使うのだろうが、作ったら1週間掛かるし、缶詰は甘過ぎで雑味多過ぎの割りには高いし、所詮は換骨奪胎された和食である。ソースはブラウンソースで誤魔化す。

調理

ソース(1人前)はバター30gをフライパンで溶かし、薄力粉50gを振り、木ベラでよく捏ねながら伸ばす。褐色に焦げたら、別鍋で赤葡萄酒(若いチリ産メルロー、フルボディがお奨め)300ml、固形スープを溶いたもの300ml、トマト缶詰半量(200g)、月桂樹の葉数葉、シナモン1欠片を加え、塩、胡椒で味を調え煮物の要領で弱火放置する。

一方、こちらは炒めもの。フライパンにたっぷりのヘットでザク切りにした玉葱1個を焦がさぬよう中火で徹底的に炒める。とはいってもせいぜい10分ぐらいで飽きるし水分も飛ぶ。飽きたら大蒜2~3粒、パセリの茎を加え、香りが立ったらエリンギ茸を加え、火が通ったら牛肉250gを加え、赤みが残る程度(半生でOK)に軽く炒め、ソースの鍋に具全体を合わせる。硬くなるので肉を炒め過ぎてはいけない。

考察

ハヤシライス

“長く煮込むこと”を至上とするあまり論理的とは思えない風潮が蔓延しているが、素材の風味が飛んだものや肉が硬いものは好まないので、せいぜい3分、無理して5分で十分だろう。固形スープでアミノ酸も必要十分に補強されている。その間に三温糖(砂糖なら何でも)20gをフライパンで炒め、褐色に溶けたら赤葡萄酒少量をジュわっと投入し、カラメル状になったものを鍋に戻してよく混ぜる。この程度の甘味がくどくならない許容範囲。皿に盛れば偽ハッシュドビーフ、白飯に盛ればハヤシライスである。口の中で蕩ける肉の旨味、トマトの鮮やかな酸味、まったりと仄かに甘味を湛えた玉葱、バターとヘットの香りを味わう。カレーと異なり長く置いて風味が飛ぶと回復のしようがないので食べる分だけを作り、食べ切るのがよい。


2009/04/12 作成__2009/04/12 最終更新