もっと光を


竜の卵

数十年前の照明器具を引っ張り出して遊んでいる。球切れは交換すればよいが、なかには回路がショートしたり抵抗が焼けているものがあって危ないが、該当回路の遮断器がきちんと落ちるかのチェックには使える(笑)。もちろん、ヤバイものは結線をやり直したり絶縁を補強したりすると、さすがかつての日本製、しっかりと復活する。インバータ回路や電子回路を積んだ最新の高効率Hf蛍光灯は手に負えないが、古き良き国内製造時代のものならば部品や素材の耐性も必要以上に過剰で、経年変化によく耐えて何とかなるものだ。器具のデザインや質感も朴訥として悪くない。

ダイクロハロゲン

ちなみに、この手の照度を一切期待しないお遊び照明以外はすべて蛍光灯か高輝度LEDを使っている。技術の進歩はそれなりに目覚しく、高周波点灯の蛍光灯ならば即時点灯でコンパクトな上にチラツキもなく球の寿命も長い。球が細く小さくなれば器具も小さくできる。欲しいのは光であって器具ではないから進化の方向は概ね正しいだろう。演色性も改善されており白がきちんと白く発色する。もっとも昨今は色温度が低いものが流行のようで、標準が電球色だったりして難儀する。色味が正確に出ないのは好まないので、アクセント以外は球を交換することで色温度を上げている。

魚香茄子

茄子が高くて季節は不適切この上ないが、泡辣椒(パオラージャオ)ができあがり、青蒜が出回り始めたので、麻婆茄子の原型ともいえる魚香茄子(ユイシャンチェヅ)に手を出してみる。魚香茄子は四川の家常菜(家庭料理)が原型だが、今では中華圏のみならず、味はともかくとして、多くの国で菜譜に載る極めて一般性の高い料理のようだ。参考レシピ動画はこのおばちゃん。鍋の中が見えない変な動画だが、国営店の料理人みたいでクソ真面目なダサダサ感が面白い。もっとも魚香醤なる調味料を使うあたり四川ではないようなので、泡辣椒の入れっぷりが堂々としている四川飯店の魚香肉絲(ロースー)の動画 のほうが参考になるかも。

魚香とは酸辣咸甜(酸味、辛味、塩気、甘み)が複雑に絡み合った独特の風味を指し、文字通り魚の風味を作り出すわけだが、実体としての魚を使うわけではないので露骨に魚臭いわけでもなく、かといって似た風味も類例がなく、言葉では極めて形容しにくい風味である。その基本は泡辣椒という唐辛子の漬物にあるようで、かつての日本の漬物のように、四川では各家庭が常備しているものらしい。

◇ 泡辣椒

泡辣椒は国内では中華材としてそれなりに出回っていると思うが、けっこうな値付けがされているので、自分で作るのが簡単で効率的。材料も極めて入手性が良くかつ廉価。赤く熟れた生唐辛子を滅菌・退色防止を兼ねて軽く煮沸し、生姜、花椒、酒とともに3%食塩水に漬け込んで乳酸醗酵させる。消毒した密閉瓶に漬け込んで冷蔵保存1ヶ月ほどで甘辛酸っぱい絶妙な風味と刺激に満ちた塩漬けができあがる。塩分濃度が低いのでカビに注意が必要だが、極めて単純で手も掛からず、売り物に劣らないものができる。本来はここに生きたフナを泳がせて更に漬け込むという話もあるが、生きたフナを入手するのは甚だ困難だし、死んだら取るのか? 沈殿させておくのか? わからないし、その話自体がガセという説もあるようなので、フナは見送っている。いろいろな中国レシピを見ていると、広東では豆板醤で代用しているようだし、彼の地には魚香醤みたいなお手軽調味料もあるようだが、残念ながら国内では入手が難しそうだ。

泡辣椒漬瓶

◇ 材料の準備と下ごしらえ

泡辣椒は辛味の主成分である鞘の中のワタを指で搾り出し、皮は包丁でみじん切り、漬け汁を若干加えて混ぜておく。今回は最大径4cm、長さ20cmほどの長茄子3本に唐辛子5本、30mlくらいを使用しているが、この程度ではあまり辛くはない。大蒜、生姜、白葱はみじん切り。この三種を合わせたものは葱姜蒜と呼ばれ、中国料理の基本的な香味として油で炒めて香りを立てる。飾り菜は青蒜をみじん切り。紹興酒、砂糖、香醋、ラー油、醤油(中国醤油の場合は+塩)、鶏がらスープ(顆粒を溶いて煮立てておく)、水溶き片栗粉、好みに応じて味精(ウェイジン=グルタミン酸ソーダ類:味の素に代表される旨味調味料)を用意する。更に今回は炒めた後に土鍋で煮込むバオ(保の下に火)仕様にするので、煮込み用の土鍋も用意する。

泡辣椒

茄子は四川風にすべて皮を剥く。中国の茄子は皮が硬いから剥くと聞いたこともあるが、食感や見た目上、十分に剥く理由があると考える。剥いた皮は塩で揉んで辛子漬物にでもすればよい。剥いた茄子は縦に3~5つ割りする。いまどきの日本の茄子に灰汁など皆無なので水に晒す必要はないし、何でもかんでも灰汁抜きをすれば良いわけではない。さっさと中華鍋にたっぷり油を張って180℃以上で30秒強、白い泡がモコモコ吹き上がる感じで油通ししてジャーレンに上げておく。

◇ さぁ、いくぞ

揚げた茄子が冷めないうちに、本調理を始めよう。菜種油で葱姜を中火で炒め香り立て(15秒)。揚げ茄子を戻して強火、泡辣椒を加え、一呼吸置いて煮立った鶏がらスープを鍋肌にお玉一杯200mlほど廻しいれ(30秒)、更に醤油15ml、紹興酒30ml、砂糖少々を加え強火で煮立てる(1分30秒)。水溶き片栗粉を加えたら底を焦がす勢いで更に煮立て、香醋を大匙1、ラー油大匙1を鍋肌に廻し香り付け、軽く煽って土鍋に移す(以上2分)。青蒜を振って蓋をして弱火で5~10分蒸し煮。焦げ付かないように火加減を調整する。その間に冷菜や搾菜を切り刻み、煮豚の薄切りに胡麻を和え、ちゃちゃっとスープを用意して、なみなみ注いだ老酒を舐めながら期待を膨らませておく。

土鍋から器によそう。立ち上る複雑な香りを味わいながら箸を付ける。火傷しそうな熱さと魚香が染み込んでいながら形を保ち、口に入れると蕩ける茄子を味わう。はほぉお。これは…自分で言うのもなんだが、素晴らしい。他の調味料では得られない複雑にして豊穣、独創にして病み付きになる風味。油っこさもほとんど感じない。世界広しと云えども唯一無二の魚香を心ゆくまで堪能する。やはり泡辣椒の風味は泡辣椒でしか出せないということか。そこらに転がっている何の変哲もない素材で、酸味と辛味、塩味と甘味が織り成すこの豊穣を作り出す手法はそのまま芸術といっても差し支えないな。料理の醍醐味はここにある。

魚香茄子

この魚香茄子、元来(今でも)、簡単であっという間に仕上がる家庭料理であったこと、低廉な製作コスト、茄子の皮を剥いた見映え等を考え合わせると、一種の見立て料理ではなかったのか? と考えている。剥いた茄子を海のない四川では最も高価で高級とされる白身の淡水魚の代用品として用いたもので、そう考えると本来は挽肉を入れないというあたりも納得できる。魚を買えない貧乏人が茄子に魚の香りを付けて、自らを騙し騙し食ったという偽装料理の一種だったのだろう。しかし、動画で見る中国の料理人たちは、極めて無駄がないというか、理に適っているというか、動きが洗練されているように思う。無駄口を叩かない正にプロの所業。これ見よがしの鍋振りパフォーマンスがまったくない上に、振っても中身が鍋の上端を越えるような振り方はしないあたり非常に興味深い。


2009/02/06 作成__2009/02/11 最終更新