虚無月照

畑を縫う坂道の途中、たわわに実った柿を月が鮮明に照らしあげる。ぶら下がったCD円盤がくるくると銀色に輝いた。近在の停車場は田舎ゆえパブレストランなんていうシャレたものはなく、いったい何屋なのかよくわからないけったいな品書きで飲食物を提供している。クレープ食いながら果汁飲んでるおっちゃんの隣でPasmoでピタピタしながら酒が呑めても嬉しくもなんともなくて、しょうもないお通しが出てきて鼻白む勘違い立ち飲み屋と同じレベルであろうよ。ダサすぎる横文字名前(何度見ても憶えられない(笑)ほど印象に残らない)には困惑を通り越して寒気を感ずるぞ。

この鉄道会社のいわゆるエキナカというやつは、10年ほど前から改修にかこつけて既存店に廃業を迫ったり、賃貸契約更新をせずに追い出しを図っており、その跡を徹底して子会社系列のマズイ・タカイ・スクナイと三拍子そろったコーヒー店、そば店、スシ店、わけわからん店、コンビニ等に置き換えて、公共性が高い故に固定資産税が半額という利点をも最大限に利用して、飽くなき利益追求を図っている。うっかり名前が違っても経営実体は同じ、食材も同じだったりするところが某居酒屋チェーンや介護チェーンとまったく同じ構造で、味の災いとともに絶対的正義として多くの民が支持した民営化という名の資本主義の素晴らしい成果を堪能できる仕掛けになっている。

かつてエキナカにあって追い出された蕎麦屋は、今も駅からちょっと離れたところで立ち食い店(椅子もある)を構えて営業しているが、こちらは昔と変わらず安くて旨くて量もほど良い。掻き揚げなんか丼からはみ出るぞ。主人の人柄も良く、
「オヤジ! いつもの!」
「しょけんカッテく~ださい」
といったゲシュタルト崩壊した会話が繰り返されるのであった。

松茸

夕方遅く泡辣椒用の生唐辛子を買いに出掛けたら、あんさん、あんさん、二箱1000円で持っていっておくんなせぇ、などという妖しい声掛け事案が発生。もはや年金生活者しか住まない荒みきった過疎の集落で、たとえ中国産であろうとも松茸を売ろうという目論見は欲張りすぎじゃぞ、越後屋ぁ? ぺんぺん(扇子で額をペシペシする擬音)、とまでは言わなかったが、毎日売れ残りの松茸を食わされて躰から生えそうですと咽ぶので情にほだされ、つい買ってしまった松茸。

松茸

朝鮮産が入らなくなって今年も総じて割高だが、北米産の白松茸は、匂いも食感もさすがに松茸とは思えず手を出す気になれない。匂いがあるうちにさっそく使おう。ラップを剥がすと傘も比較的開いておらず、身は硬く、思ったよりも匂いも残っていた。松茸の匂い成分は簡単に安価に合成できて香料として広く出回っているので、値段の割りに匂いが強すぎるものは、一応疑ってかかるのが底辺人の嗜みというもの。汚れがあれば濡れキッチンペーパーでかる~く拭き取り、石付きは指で泥や砂を落とし、硬い部分を薄く包丁で削ぐ。あまり大きくないので、傘が開き気味のものを定番の松茸飯に、残りを土瓶蒸しにする。日高昆布をぐいっともいで、たっぷりと昆布出汁を取っておく。

松茸御飯

飯は時間が掛からず、炊き加減の微調整が簡単な炊飯用土鍋(買った憶えはない)で炊いている。動力付炊飯器がないというのも理由の一つである。松茸3本で3合。普通に研いだ米を水の代わりに昆布出汁、酒、淡口醤油、塩で作った混合液と適当に切った松茸で炊くだけ。調味料の量は適宜。目で色を見て、舌で味見すればよいので計ったことはない。経験的にはちょい薄めぐらいが丁度良い。

松茸御飯

松茸を入れるタイミングはいろいろあるが、飯に松茸の味がしっかりと染み込んだものが好きなので最初から一緒に炊き上げている。あまり薄切りにはしないので食感も損なわれないと思う。塩分は醤油と塩を足して丁度良くなるように想定する。醤油だけでも良いが、香りや色付きが邪魔になると思う。炊き上がりを15分ほど蒸らし、蓋を開けたときの幸福感には堪えられないものがある。なんてお手軽なんだ。

土瓶蒸し

吸い地は同じく昆布出汁を基本に酒、淡口醤油、塩で飯用より醤油をほんの少し濃く合わせる。具は海老、白身魚、蒲鉾、鶏肉(ササミor胸肉)あたりだが、近在で海老は滅多に手に入らないし、適当な白身魚といわれてもムツやハタ、カサゴ類なんぞはやはり狙って手に入るものでもないし、煮込んでも臭くならない良質な蒲鉾も高価で買えないので、大抵はブロイラー肉あたりに落ち着く。一応妙な臭いが付いていない普通の鶏が良いと思う。

土瓶蒸し

ササミは一口大に削いで、臭み落しを兼ねて煮切りで表面が白くなる程度に湯掻いておく。土瓶はないから茶碗蒸しの器(蓋付ならOK)を用い、ササミ、筍水煮、銀杏、松茸、三つ葉の順に積み上げて吸い地を注ぐ。吸い地は冷たいままが良い。蓋をして器のまま10~12分ほど蒸せば出来上がりと簡単この上ない。上品や繊細といった概念とは縁がないので、無造作に酢橘を搾り、ムシャムシャ、腹いっぱい食べる。3人前くらい(笑)。今年の松茸は身がしっかりとしこしこで、値段の割には非常に食べ応えがある良品であった。


2008/11/13 作成__2008/11/13 最終更新