本の話12

このところはどうも頭がノスタルジィ・モードだもんで古いのをひっくり返しています。本屋に行っても触手がまったく動かないのだ。最近非常な勢いで増えつつあるのがアニメ表紙と横文字タイトル。このサイトも横文字だからエラそうなことは言えないが、さすがに表紙がアニメ絵だったりする新書本は手に取ることはないし、横文字(それも英語ばっか)でタイトルをつける作家の感性は理解できない。たいていの場合は日本語の方が圧倒的に表現力が豊かなのに。もちろん、中身も英語なら全然かまわないけれどねぇ。雑誌はほとんど横文字だからその流れなのかね。月に数冊は買っていたノベルズも怒涛のライト化に伴って数ヶ月に一冊とか半年に一冊とか目に見えて読みたいものが無くなりつつある。平日の昼間とかに近場の本屋を覗いて見ると、雑誌棚は一人/m、ライトノベルズ棚で0.3人/m、パック入り漫画、一般書籍はほぼ間違いなく無人と文盲社会の縮図状態ですな。出版関係もお気の毒です。

「飢餓海峡」 水上勉著

新潮社 新潮文庫 昭和53年第2刷版 ISBNなし

初出は昭和37年の雑誌連載。『虚無への供物』と同じく昭和29年のとある事件がモチーフになっている。舞台設定は20年代に置き換えられているようですが描写される貧困は凄まじい。その貧困に呑み込まれていくのが当たり前の中で、そこからのし上がる人間の意志も強靭だ。ほとんど感動的ですらある。振り返ってみれば、普段けちょんけちょんに貶している高度成長というのは社会全体の経済レベルの底上げに繋がっていることは否定できないな。もっとも、壊すだけ壊しちゃって再構築ができないという意味で、結局は上手くいかなかったわけだから貧困もかたちが変わっているだけかもしれない。

なんだかんだ云いながらも追う方も追われる方も結局善人ばかりで、本筋とは直接関係の無い犯罪の責を問うことによって無理やりバランスをとったようにも思える。罪滅ぼしが転落の引金というのもやり切れないな。初読の時点で一通り意味はわかっていたはずだが、三読目くらいの今回はけっこう来るものがあるなぁ。主人公に感情移入ができる歳になったっていうことだろうか。

「ゼロの焦点」 松本清張著

光文社 昭和34年第12版 ISBNなし

古いせいか、有名なせいかは知らないが、断りもなしに平気でネタばれを書いているWebが多いので検索かける場合は要注意ですね。ちょっと酷いぞ。主人公は禎子さん26歳。新婚一週間目に夫がかつての赴任地である北陸へ出張したまま失踪してしまう。しかし、この禎子さん、理不尽な境地に突き落とされながらも負けないのだ。時代のせいもあるだろうが、彼女は今じゃ想像もつかないほどとても慎み深いし可憐だ。それでも「なぜ?」という気持ちに整理をつけるために自ら探索をはじめるのだ。格好良いです。ここまで目的意識に従って行動できる人はそういない。当時読んだ女性はさぞかし憧れたでしょう。松本清張は主人公が女性というパターンがかなり多くて、その辺りも売れていた理由なのだろう。個人的には冷たいグレイの印象がつきまとうひどく悲しい話だな。ところで初版が34年12月25日でこの12版は34年12月28日なんですね。中二日だよ。いったい何部づつ刷ってたんでしょうか。ちなみに定価200円です。その前の10年で10倍に跳ね上がっていることを考えると今の本はこれまた悲しいぐらい廉いんだろうと思う。

中に引用されている外国の詩はエドガー・アラン・ポーですが、最初読んだとき(中一の夏だな)泣けた。「In her tomb by the sounding sea」というフレーズは『アナベル・リー(Annabel Lee)』の一節なのだが、禎子さんと同じように後に原文でしこたま読まされた記憶があって印象に残っています。

「誰も行けない温泉 命からがら」 大原利雄著

小学館 2002年第2刷 ISBN4-09-411524-2

写真週刊誌のカメラマンだった著者による突撃温泉紀行なわけだが、タイトル通り真っ当な方法では入れない温泉に漬かろうとする企てなのだ。それなりの準備と装備が無いと命に関わる場所にある温泉探索行というわけだ。もっとも、見つけたからといって必ずしも入れるわけではないみたいだが。ガスマスクをしてどっかの火口湖と思われる乳白に濁ったお湯に漬かる表紙をみて即決で購入しました。軽薄ぶってる文章はあまりいただけないのだが、さすがプロのカメラマン、写真は巧い。本当にセルフで撮った単独行なのか? と一瞬思わせるまでに巧い。行動の内容そのものが非常に面白いので、敢えて軽い文章にする必要はまったくないし、かえって逆効果だと思うのだがどうだろう。北海道から関東までの温泉なので、次は是非、西日本編を期待しています。もっともあんまり売れると規制が厳しくなりそうで痛し痒しでしょうね。


2003/04/10 作成