本の話9

「球形の荒野」 松本清張著

文藝春秋新社 1963年6月30日初版

この本の最大の特徴は、一応ミステリィでありながら途中からそんなことはどうでもよくなってしまうことにある。最初に読んでから30年近い月日が経ち、多分25年ぶりくらいで再々読しましたが、いろんな意味で初読のときの感動がここまで残っている本も珍しい。微かな疑惑がどんどん膨れ上がっていく過程の描写は見事だ。伏線云々どころかとても平易な書き方なんで半分も読めば事の大枠は掴めてしまうだろう。だが「で?どうすんだ?」という「どうするのが最善なのか?」という疑問は最後の最後まで引っ張られてしまうのだ。ミステリィとしては粗いし中途半端な結末しか与えてくれない。疑惑の端緒となる偶然もあまりにも偶然が過ぎる。そんな欠点もあるけれど気がつくと、全体を貫く微妙に人間的な香気みたいなものに引き摺りまわされてしまうのだ。現代の日本人から見ればおそらく鼻で笑うような結末かもしれないし、理解不能な事柄であるかもしれない。まぁ、こういう時代もあったのだということで良いのだろう。

昔の本には今の本にない面白さ?がある。紙質も印刷も決して良くはないのだが、典型的な場面には挿絵の替わりにモノクロ写真が使われていたりするのだ。今で言う所謂「旅情ミステリィ」ではないのだが、旅行なんて気軽に行ける時代ではなかったのかも。更に、それなりに著名な観光地もたくさん登場するのだが、その描写にはほとんど別世界を感じますね。是非ともそんな世界を見て見たかったものだ。この国のあり方はおそらく1970年代を境に極端な変貌を遂げたようです。良きにつけ悪しきにつけ。

「朽ちる散る落ちる」 森博嗣著

講談社 ISBN4-06-182252-7

どうにも「めぞん一刻」がちらつくVシリーズ(VにもCにも納得がいかないんだがの、もしかして伏線?)9作目。「六人の超音波科学者」のたった1週間後の物語だそうです。「六人~」では建物の形にどうにも納得がいかなかった(敢えて図を載せる必然性が無い)のだが、それは一応ここで解釈が示されているということか。ミステリィとしては既に浮いていると思うし、個人的には既にこのVシリーズ、水戸黄門か大岡越前か必殺仕置人だと割切っておるんで、キャラが萌えれば良いと思っております。前作「捩じれ~」におけるトリックがとても建築の先生(の発案)とは思えない、素人を馬鹿にしきったものだったので、書き過ぎの感もあるかなとは思う。ていうか厳しく言えば、書き手が建築の先生であることをトリック成立の担保にしてないか? 論理というか科学的な事実(実証的な現実)を言葉で曖昧に誤魔化すという、理系!ミステリィとしては絶対にやってはいけないことをやってしまってないか? だから著者の意図は知らないが、そういう意味ではシリーズ中でもミステリィ部分がおざなりでなかなか気に入った展開ですかね。練無の一瞬の機転の一言がすべてを救ったという形も(マンガチックだけど)物語としては冴えていると思う。

朽ちる 朽ちたのは肉体?
散る 散るのは親子の絆?老人の命?
落ちる 落ちたのは宇宙船?落ちた人?

情念の痕跡と片付けるでもなく、それでも残るもの、そこにあるものこそが生なのだという思い入れ(というか死生感というのか)にはとても受け入れ易い親近感を感じた。さて、練無のそっくりさんの謎も一応解明されたし、へっ君のイニシャルがS.Sとかそろそろ〆に入っている気がするが、次で終わり?それとも15作まで行くんかいな?


2002/05/30 作成